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十三
台北ホテルのレストランは最上階にある。約束の時間に少し遅れてしまった。見上げると足がすくんだ。ホテルの回転扉を押し開けると、ロビーには人が大勢いた。見渡すと、背の高い短髪の男が立っているのがすぐにわかった。世界的な富豪でありながら、気取ったところがなく、部下が迎えに来るのでもなく、自ら先に来て美玲を待っている。誘われたから応じただけなのに、なぜか済まないという気持ちで、彼の姿を見た途端に足早になった。周囲の景色は目に入らなかった。
「ゴメンナサイ、待タセチャッテ」
趙建宏が目を大きく開いて、頬を緩めた。
「ヨカッタ、来テクレナイノカト思イマシタ」
「マサカ、約束ハ守リマス」
「ホテルノレストランデ申シ訳ナイ。私ハマダ台北ヲヨク知ラナイノデ」
「コンナ高級レストランデ食事ナンテ初メテ」
趙建宏が目を細めた。
「ソレナラ、ヨカッタ。早速、行ッテミマショウ」
美玲の手を取った。頬が一瞬熱くなった。手を思わず引っ込めてしまいそうになったが、自分も子供ではないし、相手に失礼だろうと思い直した。あの真夏の上海の夜でもそうだった。船上のバーで声を掛けられた時、少し酔っていたせいもあるが、大人の女性に扱われたような気がして嬉しかった。それに比べ、リュウは未だに自分を子供扱いする。そんなもどかしさが、心に隙間を作っていたことに気付いた。趙建宏が美玲の前を歩く。大きくて逞しい背中だった。エレベーターで最上階まで行く途中、一言も交わさなかった。他に乗り合わせた客がいたこともあるが、上海での出来事が頭を巡るばかりで、息もできないほどだった。エレベーターの階表示の切り替わりが、これほど遅く感じられたことがあっただろうか?
最上階のレストランからは、台北市内が一望できた。地平線のように見えるのは海だった。台湾は島国なのだなと改めて思う。
「昼間デスケド、ワインデモイカガデスカ?」
美玲が頷いた。趙建宏はボーイを呼ぶと、一言二言告げ、目を細めた。
「アレカラ、美玲サンハ、ドンナ人生ヲ歩ンデ来マシタカ? マダ私ノコト怒ッテル?」
「怒ッテルダナンテ、ソンナ。趙サンコソ、私達ノ方ガアナタニ酷イコトヲ」
「アノ時ハ、トテモスリリングデシタ」
趙建宏が頬を緩めた。上海での船上オークションの後、ショウとリュウに追われる形でヘリコプターにて脱出したが、それを許したのも、趙建宏がリュウと美玲に情けをかけたからであり、今こうして無事に台北で生きていられるのも、この男のお陰なのだ。
「デモ、アナタ達ノコトハ調ベサセテモライマシタ。キョウゴクシズカトイウ男ハ、実ニ興味深イ。人生ガ謎ニ包マレテイル。日本人デアルコト以外、他ニ何モ情報ガ存在シテイナイノデス」
美玲が顔を上げた。
「キョウゴクシズカ君ト美玲サンハ、ドコデ知リ合ッタノデスカ?」
「台北ノ日本語学校ヨ」
目を逸らせた。
「日本語学校・・・・・・ネ、ソンナ彼ガドウシテ我々ノ船ニ、イヤ船上オークションニ入リ込メタノカ? アノオークションハ世界ノVIPシカ招待シテイマセン。一般人ガ参加デキルハズガナイノデス。ソレデ私ハ考エマシタ。彼ガ黒社会ノ人間デハナイノカト。白連幇トイウ黒社会ノコト彼カラ聞イタコトアリマセンカ?」
「私、知ラナイ。オークションノコトモ、黒社会ノコトモ」
するとボーイがワイングラスとワインボトルを持ってきた。
「美玲サン、マタコウシテ再会デキタンダ、乾杯シマショウ」
それから二人はしばらく他愛もない世間話をした。趙建宏が時々頷き、微笑しながらずっと美玲の話に耳を傾けた。上海での話はそれ以上触れなかった。
「コンナニ話シタノ、イツ以来ダッタカシラ?」
「彼ニハ話サナイノ?」
美玲が頷く。
「私デヨケレバ、マタイツダッテ美玲サンノ話ヲ聞キマスヨ」
「マア、オ上手デスコト、イツモソウヤッテ女ノ人口説イテルンデショウ?」
趙建宏が苦笑する。本当に彼が恋人だったなら・・・・・・美玲はそう思うと、はっとして顔を紅らめた。
「残念ダケド、ソロソロ帰ラナイト」
「また連絡シテモイイデスカ?」
美玲がちょっと考えて、小さく頷いた。
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