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 リュウと王志明が台南に向かっていた。台北から台湾高速鉄道でわずか一時間四十五分の距離である。一年前、上海で兄ショウと再会した。その後は台北の組織に戻り、孫小陽が所有している白月の情報を集めていた。ハダケンゴは紅月の行方を探しながらも、組織の麻薬ビジネスの仲介役を担っていた。あくまで取引するのは横浜にいる洪英俊と北陽会なのだが、裏にハダケンゴの存在があった。北陽会は香港のシグマとの麻薬取引に失敗して以来、鳴りを潜めていたが、再びシグマとの関係を深めていた。勿論、ハダケンゴが台湾にいることなど知る由もない。ハダは北陽会がブラッドの密輸をシグマに切り替えることを予測していた。北陽会で麻薬を取り仕切るムラナカリョウジのことはよく知っている。ビジネスのセンスに長け、どちらかと言えばハダと同じタイプの経済ヤクザだった。国内に一カ所残された都留市の工場に見切りをつけることもわかっていた。国内の工場はリスクが高過ぎる。流通や経費は安いが、忍野のように摘発されれば、四谷の本部も知らぬ存ぜぬでは済まないだろう。都留の工場に在庫されている原料が底を尽き次第、国内生産をやめることは想像できる。ハダケンゴは北陽会の新たな密輸ルートを台湾に変更させたかった。そのために香港のルートを潰しにかかったのだが、そのせいで、北陽会は香港シグマとの取引に失敗し、忍野の工場も失った一方、想定外であったのは、北陽会とシグマに追われる身となったことだ。今思えば、ライバルだったムラナカが背後で糸を引いていたのかもしれない。ハダは経済ヤクザの鋭い嗅覚で、日本国内の経済の衰退を早くから予想していたし、現実にそうなりつつある。海外、特にアジアの拡大に目をつけ、ずっと機をてらってもいた。日本を出るにはよいタイミングだった。いづれムラナカとは衝突することはわかっていた。ただ、ジュンコをああいう形で失ったことだけが悔やまれた。ジュンコには済まないと思うが、早かれ遅かれ人は死ぬ。そう自分に言い聞かせたところで、虚しさを消し去ることなどできないのだが。
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