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 祖父、タザキコウゾウが急死して一年が経つ。一周忌を前にショウとユキナが車で盛岡に向かっていた。飯田橋ICから首都高速に乗り、渋滞もなく、すぐに東北自動車道に入った。二年前の冬、ユキナが友人を助けようとして錦糸町のスタジオに監禁され、盛岡出身の犯人がユキナを乗せて逃走する事件があった。あの時はショウが犯人を追走しユキナを無事救出したが、その時と同じルートを北上することに、ユキナは何を思うだろうか。ユキナが外の景色を遠くを見るような目で見ている。あるいは何か別の過去の記憶を蘇らせているのかもしれない。 「二人でドライブするの久しぶりかも」  ショウが頷いた。右手をハンドルに乗せ、左手を軽くギアの上に置いている。筋肉質の血管が浮き出た手の甲、石鹸の微かな香りがする。 「ショウ、あのさ」  ショウがアクセルを踏み込んだ。圧で体がシートに沈み込む。 「ひゃあ、やっぱ凄げえなこの車」 「盛岡まで五時間はかかる。眠ってていいぞ」 「いんや、せっかく二人っきりのドライブだし、それに途中、佐野でラーメン食わなきゃなんねえし」  ショウが苦笑する。以前なら、車ではなく新幹線を使っていた。いくらアウディとはいえ、五時間の運転は少々堪える。しかし、新幹線で移動するにはユキナは有名になり過ぎてしまった。そしてショウという恋人の存在も囁かれるようになった。二年前の事件で犯人の男が逮捕された時、一部のメディアが、ショウの胸に顔を埋めて泣き崩れるユキナの姿を映していた。その後、しばらく週刊誌やネットでその話題が持ち切りになった。ショウのもとにも取材が殺到した。そんな騒ぎがようやく落ち着いた矢先、祖父タザキコウゾウがこの世を去った。  車は一時間ほどして栃木県佐野藤岡パーキングについた。 「よっし、一丁食ってくるか」  平日ではあるが、昼時は混雑している。 「ユキナ、バレないように気をつけろよ」 「わかってるって。ところでお前は来ないの?」 「ああ、またすっぱ抜かれるのはごめんだからな」  ショウが苦笑する。 「何だよ、男のくせに世間の目なんて気にしやがって、情けない奴」 「まあ、そう言うな。こっちはれっきとした一般人なんだ」 「ちぇ、なんでアタシじゃなく、あんたの方がそんな心配するんだよ」  ショウが目を細める。 「さあ、早く行って、好きなだけ食べて来い」 「うん、行って来る」  ユキナがキャップとサングラスをかけて飛び出して行った。動きがどことなくぎこちない。逆に視線を集めてしまいそうだ。ショウが掌で目を覆う。  三十分ほどしてユキナが戻ってきた。 「ああ、美味かった。ラーメンおかわりしてやったぜ」  ショウが苦笑する。 「ラーメンおかわりする女がどこにいる?」 「うっせーな、いいだろラーメンのおかわりくらい」 「お前のファンが見たら悲しむぞ」  ショウが車を出した。しばらく無言でカーラジオを聞いていたが、宮城県境の国見パーキングの辺りでユキナがそわそわし始めた。 「国見かあ、懐かしいな」 「お前、国見パーキング知ってるのか?」 「まあな、あん時、タイチの奴と寄って肉まん食ったかんな」 「タイチって、あの時の犯人か?」 「そう」  それからしばらく沈黙が続いた。 「なあユキナ、お前、あの事件のこと、どう思ってるんだ?」 「どうって?」  あの事件ではユキナの親友が亡くなっている。ユキナがそれを忘れるはずがなかった。 「人の命ってさ・・・・・・儚いものだよね」  事件後、ショウとユキナは、亡くなったエリナが埋葬された八王子の墓地に二人で花を手向けに行った。 「お前の祖父さんが亡くなったこと、弟さんには伝えたのかよ」 「いいや、リュウとは上海で会って以来、連絡を取っていない」 「アタシはあの事件の後、今まで以上に親しい友人や家族を大切にしようと思うようになった。人っていつ死んでしまうかわからないだろ」  ショウが頷く。 「弟さん、お前に祖父さんの一周忌にひょっこり現れたりして」 「生きていれば、きっとタザキコウゾウのニュースは台湾にいても知ることはできるはずだからな」 「だろ?」 「でも、それは無理だな」  ショウの表情が曇った。ユキナが首を傾けた。そして喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。何か特別な事情があって、一度再会した兄弟が再び離れ離れになる決断をした。上海で何があったのか、本当のことをユキナは知らない。けれどもショウを信じる。ショウが無事に日本に戻ってきた。それだけで充分じゃないのか? 空腹が満たされて、ユキナが軽い寝息をたて始めた。ショウも同じ気持ちだった。ユキナが連れ去られている間、本当は何があったのかショウは知らない。けれどもユキナがこうして今、自分の車の助手席で安らかな眠りについている。互いに秘密の一つや二つある方がよいのかもしれない。ショウがアクセルを踏み込んだ。
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