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 予定通り五時間で盛岡についた。ショウがいつものようにノブユキに連絡を入れた。今回、ユキナには内緒で盛岡の友人たちとミユキの店で会う約束をした。クミコとサトルが来ることになっている。夜七時、肴町近くのパーキングに車を入れ、ミユキの店に向かった。人通りは少なく、ユキナが気づかれる心配もなさそうだ。実はユキナは盛岡南署でクミコに一度会っている。 「ん? ああ、覚えてっぞ。金持ちのボンボンと怖そうな姉ちゃんだろ?」  ショウが苦笑する。 「まあな、そう言われれば、そうだとしか言えんが」 「冗談だよ、冗談。お前の大切なダチだろ?」  店に入ると、サトル以外の全員が既に到着して談笑していた。ショウに続いてユキナが顔を出す。皆の視線が注がれた。 「初めまして、ミウラユキナです」  一瞬引いたように静まり返るのは、いつものことである。ノブユキが立ち上がる。 「お久しぶりです、ユキナさん。汚い店ですけど、どうぞ、どうぞ」 「ちょっとノブユキ、どこが汚い店ですって? さあ、ユキナさん、どこでもお好きな席に座ってくださいね」  ユキナが頭を下げた。クミコの視線が突き刺さった。 「クミコさん? その節はお世話になりました」 「あら、クミちゃんとユキナさんは初対面じゃないのね」  ミユキが目を大きくした。 「ええ、前に一度」  ショウが周囲を見渡し、ミユキに視線を向けた。 「サトルはまだ来ていないのか?」  ミユキが一瞬困ったような表情をした。 「今日は行けそうにないって、さっき連絡があったの」 「そうか、残念だな」 「サトル君、最近、本当に忙しそうで、飲み会に誘っても殆ど仕事で来れないのよ。何だか県の大掛かりなプロジェクトがあるとか言って」 「あいつは確か県の環境生活部にいると前に聞いたが」 「そうなの、サトル君、トントン拍子に昇進して、今、まだ三十代前半で主査とか言っていたから」  ユキナが首を傾げた。 「主査って?」 「主査ってのは、一般の会社で言えば係長クラスのことを言うんだ」 「地方公務員はそんなに忙しいのか?」 「私にはよくわからないけど、そうみたい。サトル君、超が付く程マジメだから、県が企業誘致するための環境データなんかを扱っているって話よ」 「ショウ、サトルさんって?」 「サトルは俺の高校の同級生で、東北大学から県庁の役人になったエリートさ。いい奴なんだが、少しマジメ過ぎる」 「そういうショウ君はどうなの? 二年前に南署で会った時は刑事になってるって聞いてびっくりしたんだけど」  ショウは眼を細めただけで何も答えなかった。実はショウは昨年、警部補に昇進していた。階級など気に留めていなかったが、階級が上がれば上がるほど、警察内部のことが見えてきた。特に第五方面の情報には目を光らせていた。同期のオカダジロウを死に追いやったオニズカセイヤは、まだのうのうと警察官を続けている。池袋や秋葉原で風俗店を経営していた呉美華が高跳びし、店は既に廃業しているが、弟分だったエビサワユウジはいまだ行方不明である。この2年間で、どれだけ前に進むことができたのだろうか? 父の絵画を追っている弟に比べ、平穏な人生に慣れ過ぎてはいないだろうか? 「ユキナさんは盛岡に来るの何度目かしら? クミちゃんとノブユキとは面識があるのよね?」 「三度目かな。初めて来た時はノブユキ君がわんこそば連れて行ってくれたんだ。ショウの実家に行ったのもそれが初めて。そん時に祖父さんにも会ってる。二度目は・・・・・・」  クミコの視線とぶつかった。 「二年前の事件の時。冬だった。そして今回が三度目。去年、ショウの祖父さんが亡くなった時、本当はショウと一緒に来たかったんだけど、どうしても仕事に穴開けらんなかったし、ショウが気を遣ってくれて、アタシがまだ事件のこと引きずってんじゃないかって、そんで今回一周忌に線香あげに」 「そうだったのね」  ミユキがショウを見た。 「でも、まさかユキナさんが芸能人になるなんて、びっくりですよ」  ノブユキが割って入った。 「そうだよね、初めて盛岡来た時はまだテレビ出てなかったもんね。以前は自由に食べ歩きなんかできたけど、今じゃショウと一緒に街歩くわけにもいかねえし、結構不自由してるんよこれでも」  すると、黙って聞いていたクミコが口を挟んだ。 「芸能人なんて、いいご身分ね。私たち警察官なんて毎日危険な目にあいながら働いているというのに。二年前のあの時だって、テレビで騒がれていい迷惑だったわ」 「ちょっとクミちゃん、よしなさいよ」 「ミユキさん、いいんですよ。こういうの慣れっこだし、迷惑かけたの事実だから」  ユキナがショウを見た。 「あの後、正直、大変だったんだ。ショウと一緒にいるところをテレビで流されちゃったし、前々から関係を疑っていたマスコミがここぞとばかりに押し寄せちゃって、ショウにも、ショウの職場にも迷惑かけちゃった。ショウにもずっと会えなかったし、私、本気で芸能界辞めようかと思ったくらい」 「大変なのね、芸能人も。私らにはわからない悩みが、たくさんあるんでしょうけど」  ユキナが首を横に振った。 「それじゃあ、飲もう」 「ノブユキ、あんたは悩みが無くていいわね」  それから皆で少し酒を飲み、早めに店を出た。 「ユキナ、悪かったな、嫌な思いをさせて」 「ん? クミコさんのこと?」 「ああ、昔はあんなじゃなかったんだが、警察入って人が変わったな。そういう俺もそうなのかもしれないが」 「別に気にしてないよ。世の中全ての人に好かれるわけじゃねえし、特にこの仕事に就いてから嫌というほど味わったから」 「お前、本当に強くなったな」 「でも、今日はお前のダチに会えて嬉しかった」  タクシーの車窓から大通りのネオンが見える。夏の世に冷たく瞬いていた。
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