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一章 ツイてない日
その日は朝から散々な日だった。
「はぁぁぁぁぁ」
街をフラフラとした足取りで歩いていた、木野道瑠璃子の口から、魂すら出てしまいそうなため息がこぼれ落ちる。
朝は電話で叩き起こされた。設定したアラームの15分前…という絶妙な時間に、だ。
しかも、その電話は大家からで、部屋の上の階で水漏れ騒ぎがあったとの事で、起きてみたら、自分の部屋も水浸し…その処理に時間がかかり、会社に遅刻していく羽目になる。
そして、なんとかたどり着いた会社で待っていたのは、後輩に頼んでいた仕事にミスが見つかり、取引先からクレームが入ったという知らせだった。
その後も、次々と問題が起き、一日中解決するだけで終わってしまったのだ。
しかも、ここ最近、会社にいる間に感じる視線も瑠璃子の精神を削る要因だった。確かに視線を感じるのだが、見回してみても誰とも目は合わない。気のせいかとも思ったが、纏わりつくような視線は確実に瑠璃子に絡みついてくる…今日のような日は、特に心を削るには十分だった。
そんなこんなで、今日の瑠璃子は、本当の本当にお疲れなのだ。
気がつけば、日が落ちかけていた。
街全体が橙色に染まり、空が燃えているかのような朱い色に染まり、夜の気配が徐々に色濃く漂い始める。
その様子を見ていた瑠璃子は、
「そうだ。あそこに行ってみよう」
そうだ、そうしよう!
瑠璃子は、今までの足取りが嘘のように軽やかに歩き出す。
そこは不思議な店だった。
まず、場所がわからない。都心のとある街にある…ということはわかっている。が、何故かはっきりと道順を覚えることが出来ない。
じゃあ何故辿り着けるかというと、行こうと決めて歩いていると、いつも間にか店に続く道に出ているのだ。
しかし、いつまで経ってもたどり着けない…そんな時もある。
時間も重要だ。夕暮れ時のこの時間帯にしか、たどり着けた試しがない。
本当に不思議な店だが、そんなところが瑠璃子のお気に入りだった。
そして、この日の瑠璃子には、今日は行ける。そんな確信があった。
その不思議なお店。喫茶「黄昏」に。
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