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二章 喫茶「黄昏」
「やっぱり、今日は来られた」
都心にあるはずなのに、鬱蒼とした木々に囲まれた森ような小道。周りに人家の気配はなく、道の両脇、足元を照らすように点々と紅く揺らめく灯りを閉じ込めた照明が置かれている。
森の中からは、虫なのか獣なのかわからない鳴き声と、時々光る目のようなものが見える気もする。
が、それらは紅く揺らめく灯りが怖いのか、絶対に道には入ってこない。
普通で考えたら、どこか薄気味悪くて、近寄りたくはない場所ではあるが、瑠璃子は違っていた。
足取りも軽やかに明かりに照らされた道を進んでいく。
やがて森の先に淡く光る灯りが見えてくる。
年季の入った煉瓦作りの建物が瑠璃子の目の前に現れた。変わった形の葉の形をした蔦が絡まっていて、窓を大半覆ってしまっているため、中までは見えないが、漏れる灯りが心を温めてくれる。
重厚な木製の扉の前に立った瑠璃子は、その右で灯りに照らされた看板を見てにっこりと笑った。
久し振りに来られたのだ、とっても不思議な瑠璃子にとって特別なお店。
喫茶「黄昏」に。
扉を開けて中に入ると、濃い茶色の磨き込まれた木材で統一された落ち着いた色合いの店内。そのカウンターにいた青年が、瑠璃子に微笑みかける。
「いらっしゃいませ、瑠璃子さん」
光の加減によって少し紅味がかって見えるさらりとした黒髪。同じく少し紅味を帯びた黒目。均整の取れたプロポーション。黒のスラックスと白いシャツ、そして黒いベストを身につけていて、首元につけたループタイについている紅い石が光る。
「こんばんは、コウキさん」
この店に来た時にいつもの座っているカウンターの席に座る。
「いつものお願いします!」
コウキはくすりと笑うと、恭しく頭を下げる。
「かしこまりました」
しばらくすると、香ばしい香りと、甘い香りが漂いだす。
やがて、瑠璃子の目の前に、ティーカップがことりと置かれる。
「お待たせいたしました、黒糖ほうじ茶ラテです」
「ありがとうございます」
「本当に瑠璃子さんはこれが好きですねぇ」
「はい。だって、味ももちろん好きですけど、思い出の飲み物ですから」
そう、初めてコウキが瑠璃子に作ってくれた飲み物が、この黒糖ほうじ茶ラテだったのだ。
瑠璃子は思い出していた、人生で一番最悪だったあの日、初めてこの喫茶「黄昏」に足を踏み入れた日のことを…
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