序章

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 ゆっくりと目を開くと、真っ暗だった視界に光が差し込んできた。とても久しぶりのその明るさに小さく呻いて目を細める。  身体が怠い。  もう一度眠ろうか。  だけど何故起きなきゃいけないような気がして、閉じてしまいそうになる目を無理やり開けた。  鮮やかな紅色が開かれる。  真紅の天蓋ベッドの天井が視界に入る。きょろ、と瞳だけで見渡すと、随分豪華な部屋だった。身を包むサテンの生地が冷たくて心地が良い。  ここは一体……。  のろのろと起き上がり、ベッドから降りる。  金の装飾を施した姿見に映る己の姿を見つめた。  足首まである長い銀色の髪、血の様に紅い瞳、白い肌。まだ年端もいかぬ少女が映っていた。 「だれ……」  見覚えのある様な、ない様な。知らない、けれど知っている。そんな言いようのない感覚に僅かに眉を寄せ鏡に手を伸ばした。  ガチャ。  不意に部屋の扉が開いた。ぴたりと手を止め、そちらに視線を向けると入ってきた男の目が見開かれた。 「目覚め……られたのですね」  己と同じ"色"をした男が、驚いた様に呟いた。その瞳には戸惑いと喜び、色んな感情が入り混じっている。 「お会いしたかったです……」  近付いてきた男は少女の前に恭しく膝をつき、小さな白い手を取る。 「──────母様」  その声がぐわんと頭に響いた。  まるで空っぽのグラスに勢いよく幾数もの飲み物を注がれるように、様々な記憶が脳裏にどっと流れてくる。 「っぁ……な、ん……っ」  あまりの衝撃と息苦しさに、目を見開き空気を求める様にはくはくと口を動かす。  頭を抱えて呻く少女を、男はただ見下ろしていた。  ただ、見下ろすしかできなかった──。
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