夏の終わりを抱きしめて

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「琴葉……何でこの暑いところに?」  ここは廊下の突きあたりにあるフリースペースだ。もうすぐ秋が始まるとはいえ、この時期に冷房も効いていないこの場所でご飯を食べる人など滅多に見ない。  琴葉は両手で頬杖をしながら首を傾け、ポニーテールを揺らした。 「それはこっちのセリフ。自分の席が使われたのなら、席返してもらうか、他の席借りて食べればよかったのに」 「あれ、何で知ってるの?」  琴葉の言う通り、僕がトイレに行っている隙に自分の席が他の人に使われていたのだ。気を遣わせるのも悪いと思い、そっと弁当箱と本だけ持って教室を抜けてきた。でもそのとき琴葉は教室にいなかったような……。 「だって、見たから」 「そう? ……で、琴葉はどうしてここに? いつも教室で友達と食べてるのに」 「何でもいいじゃん。ねえ夏樹、もっと涼しいところ行こうよ」 「別に僕はここでも……」 「ダメ。暑いんだし、少しでも体調崩しそうなことは避けて」  確かにやたら息が切れるし背中を冷たい汗が流れるし、琴葉に従った方がいいだろう。不意に、彼女のその口ぶりに懐かしさが込み上げて、ふふっと声が出た。 「何?」 「昔みたいだね。琴葉はいつも僕を守ってくれてた」 「……そんなことない。私は……」 「今日の朝も、僕なんかを庇ってくれてありがとう。でも……」 「え?」 「……いや、何でもない」  琴葉は優しいから、根暗で気持ち悪い僕とも話してくれる。けれどそのせいで琴葉に悪い印象がついたら最悪だ。僕は、彼女にだけは迷惑をかけたくなかった。  だから、もう僕に話しかけなくていいよ――そう言おうとした。 「それより琴葉、一つ訊いていいかな」 「ダメ」  えっと声が漏れる。琴葉は首をゆっくり振った。 「何訊きたいかは分かる。でもどうせ答えられない……だからダメ」 「……そっか」  彼女自身も、自分の様子が変なのは分かっているのだろう。それなのに抑えられないのはそれ相応の理由があるわけで、それを迂闊には話せないというのは、何となく理解できた。 「分かった」 「ありがと。……行こ」  琴葉は微笑み、僕の腕を掴んで歩き出した。そして僕の手のオカルト本を見て「それ面白そう」と無理やりつくった明るい声を出す。 「夏真っ盛りだもん、やっぱホラーが定番だよね。その本にそういう話ない? あったら聞かせて」 「え? もうじき夏は終わるけど……」 「何言ってんの。まだ終わらせないよ」  琴葉の指が、僕の前腕に強く食い込んだ。  僕たちは生徒会室で昼食を食べた。琴葉は生徒会長をしており、この部屋には特権で自由に入れるのだと言う。関係ない僕が来てもよかったのか不安になったが、琴葉は「誰もいないし大丈夫」とお気楽だ。そのときの琴葉は、普段と同じ雰囲気になっていた。  二人だけの時間は本当に久しぶりだった。  食べ終わり、教室に戻ろうと部屋の扉に手をかけた時、背後から「夏樹」と固く暗い声がした。さっきまで元気だったのに、情緒の変化が急すぎる。 「何?」 「今日の放課後……空いてるよね? 一緒に来てほしいところがあるの」  彼女としては平静を装っているようだが、重ねている両手が細かく震えている。  僕は頷いた。 「いいけど……どこに?」 「病院」
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