夏の終わりを抱きしめて

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 愛しい声に、反射で体が動いた。  そこにいたのは、困惑した表情を見せた夏樹だった。血の通った肌の色、瞬きを繰り返す目、動く口……。  泣かないわけがなかった。  理解した。私、本当にタイムリープしているんだ。  このチャンスを逃すわけにはいかない。絶対に夏樹を救う。  でも……心臓発作なんて、一体どう止めろって言うの。  例えばトラックが突っ込む事故なら、その場所に夏樹が行かないように誘導したり、何なら私が身代わりになったりできる。でも突然の病気なんて、対処しようがない……。  夏樹には言えなかった。話せば信じるとは思う。オカルトオタクというのもあるけど、夏樹だから。でも信じてくれたところで、彼に絶望と恐怖を与えるだけだ。  私はスマホで心臓病に強そうな病院を必死に探した。休み時間に片っ端から電話をかけ、今日検査を受けられないか訊いた。でもどの病院も、返答はノーだった。現在何も症状が出ていないのなら緊急検査は無理だ、と。まあそもそも、検査で発作を止められるのかなんて分からないのだけれど。  ならば、なるべく夏樹と一緒にいようと決めた。彼に異常が起こった時に即座に反応できるように。そして、特に気を張る死亡推定時刻の間は、病院にいれば、倒れてもすぐ対処できる思った。浅はかな考えだろうが、それしか思いつかなかった。あの病院は夏樹の遺体が運ばれた場所で、庭園小屋のことはその時に知った。  そしてあの告白は、夏樹に少しでも生への執着心を増やさせたくて……いや、そんな高尚なものじゃない。悔しかったから、想いをぶつけた。  やれることはやったつもりだった。だから五時を過ぎたとき、本当に事実が変わってくれたのかと思った。  でも、ダメだった。  夏樹と別れて一時間後、私はやはり心配になって彼に電話をかけた。  反応はなかった。  普通に考えれば、通知に気づかなかったとか、出られない用事があったとかだろう。けれど私が、そんな風に考えられるわけなかった。  幼馴染だが家は近くない。私はなりふり構わず走り、夏樹の家に向かった。  そして……倒れている夏樹を、窓ガラス越しに発見した。  すぐに救急車を呼んだが、病院に運ばれて数時間後、夏樹は……懸命な救命活動も虚しく亡くなった。  あまりにも儚い命だった。  私に出来たことは、彼の命を数時間延ばしただけ……。 「琴葉ちゃん」  顔を上げる。夏樹のお母さんだ。通夜が終わり、病院の庭園のベンチで項垂れていた私の隣に座る。 「すぐに夏樹に気づいてくれてありがとう。夏樹……死んじゃったけど、死ぬ前に顔見れただけでも、よかった……」  その涙声で、私の中の何かが全て壊れた。  喉が痙攣し、吐きそうになる。私は頭を叩きつけるように蹲り、叫び声を上げた。  夏樹のお母さんは泣きじゃくる私の頭をそっと撫でてくれた。絶対につらいだろうに、私の前では見せない。強くて、大人だ。私はきっと、一生大人にはなれない。  こうして私は、大好きな人を失った。
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