椎名くんは出かけない

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 でもなんか楽しいなあと思いながら、とうとう妄想列車は妄想空港に着いた。 「走れ藤川! 空港側のミスで俺たちのチケットが搭乗ギリギリまで発行されなかったらしい!」 「えっ、いきなりそんなピンチなことに?」    ハワイに行くまでの間にどんだけ事件起こすんだよ。 「金属探知機のゲートを潜るぞ。息を止めろ……!」 「意味ある?」  バリウム飲んで胃の検査じゃないんだから。 「怪しい態度を取るなよ。税関の麻薬Gメンに手荷物検査を求められてしまうからな」 「だとしたらもう手遅れだよ。椎名くん怪しすぎるもん」  早くすんなりと飛行機に乗りたい。  でも空港でも椎名くん劇場は終わらない。 「待て、藤川。あそこを見てみろ。迷子だ」  教室の隅を指差し、椎名くんは葛藤する。 「時間がギリギリだけど、どうする? 声をかけるか」 「本物の迷子だったらちょっと悩むね」 「不安そうな顔でこっち見てるぞ。やっぱりちょっと声をかけてやるか」 「えー。飛行機乗れなかったらどうするの?」 「確かに、乗れなかったら辛い。資金的にも、今年はもうあらゆる旅行を諦めるしかないな……」  椎名くんは本気で腕組みをした。 「でも、迷子は放って置けない。お父さんとお母さんを見つけてやろう」  優しいな、椎名くん。ちょっと見直したよ。  妄想だけど。   「藤川、声をかけて」 「あ、それ私がやるんだ。どうしたの? お父さんとお母さんは?」  ちょっと恥ずかしいけど迷子が目の前にいると想像して話しかける。  すると椎名くんが鼻をつまんで子供の高い声を装い、答えた。 「お父さんは機長で、お母さんはCAです」 「誰よりも空港に詳しそうじゃん」  心配して損した。
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