椎名くんは出かけない

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「あ」  突然、何かに気がついたような顔つきで、彼氏の椎名くんが呟いた。 「どうかした? 椎名くん」 「藤川。今、なんて言った?」 「え? 9月だねって言ったけど……?」  そう。今日から9月。長いようで短かった夏休みが終わって、やっといつもの日常が戻ってきた。  私たち三年生は大学受験で夏休みどころじゃなかったよっていう人もいたみたいだけど、私は背伸びしないで地元の受かりそうな大学にゆるっと行くつもりだし、椎名くんも同じ考えのよう。  今の若者は夢がないなんて嘆く時代錯誤の考えを持った大人が周りにいないおかげで、私たちは何のプレッシャーもなくひと夏を越えてしまった。 「9月になってもまだ暑いねえ。やだやだ」  気温はまだ南の方では三十度を越える地域もあるようだ。教室の窓は締め切りで、冷房が効いている。  汗が垂れてきそうだから薄いノートで顔を仰いでいると、隣の席の椎名くんがこの世の終わりかというくらい低いテンションでぶつぶつ何かを言い始めた。 「もう9月だと……? いや、ありえない。そんなバカな。俺はまた騙されたというのか……⁉︎」 「どうしたの、椎名くん」  椎名くんは泣きそうな顔でこっちを振り向いた。 「夏休みにハワイ旅行行くって親父が言ってたのに、行ってない気がする……!」  行ってないな。ほぼ毎日会ってたもん。  
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