307人が本棚に入れています
本棚に追加
「ほー、そうか。そこまで決まってんなら何も言うことねェわな」
「そりゃあ、何もせずに恋人と同棲ってワケにもいかねーもん。どこかの誰かさんは、俺のことペット扱いしてたけどねーっ?」
「そいつぁ、誰のことなんだか」
「ふふん、俺がいないからって寂しがんないでよ?」
「むしろ世話のかかるヤツがいなくなって、清々したっつーの」
いつもの調子で軽口を叩き合う。
京極のことは父親のように思っていたし、これくらいの距離感が心地よかった。
荷物を確認したところでもう一度頭を下げると、京極の隣をすり抜けて玄関へと歩いていく。そしてスニーカーに足を突っ込み、別れの挨拶をしようと向き直ったのだが、
「夏樹」京極が先に口を開いた。「お前と働けて、一緒に過ごせて楽しかったぜ。元気でやれよ」
ぽん、と大きな手が頭に乗せられ、少し乱暴に撫でられる。夏樹は思いがけない言葉に驚きつつも、すぐにされるがままになった。
「たまに遊びに来てもいい?」
「ま、茶ァくらいは出してやるさ」
そう最後にやり取りを交わし、手を振って別れを告げる。夏樹がエレベーターに乗り込む瞬間まで、京極は玄関先で見送ってくれていた。
最初のコメントを投稿しよう!