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満たされる話
すたすた、と靴が床に摩れる音が空間に響く。
ふたりの間にあるのはただ、沈黙だけ。
何かを考えていたわけではないだろう。例えばこの後何をするのだろうか、とか。何を話したらいいのだろうか、とか。そんなこと全てどうでも良くて、そんなことは重要ではなくて。
じわじわと、いつの間にか強く握った掌から汗が滲む。だがお構いなしに握り続けた。
ふたりは足りなかった。どちらかが欠けたらいけない、離れてても何か物足りない。今まで、そんなどこか空っぽな気持ちを抱えて生きてきた。父と母とその親族の諸事情に巻き込まれて、空っぽな気持ちに嘘を吐いて、気付かないふりをして。
本当は分かっていたくせに。でも違うって、空っぽじゃないって言い聞かせなければ耐えることは出来なかった。そして、その嘘を吐き続けたことは間違いでなかった。
だって、そのおかげで、どちらも欠けずにこうして会うことが出来た。
ふたりの間にあるのは、ただ喜び。
ほかの誰にだって邪魔なんか出来ないほどの高揚。それが自然とお互いの歩く速度を早めていく。
ふたりになりたい。今度こそ誰にも邪魔されない場所へ。
──バタン。
少々乱暴に閉められた扉の音がする。今度こそ、邪魔なんかできっこない。
「……優馬?」
「うん。兄さん?」
「そうだよ、でもせっかくなら名前で呼んでよ」
「……、秀斗」
「そう、そうだよ。…………あぁ、優馬」
向き合ったくせに目線が合わなくて。少し現実味にも欠けていて。なんだか照れ臭くて中々目線が合わない。
分かってる、分かってるよ。これは照れ臭いからじゃない。目線が合えばきっと──
「──っはは、やっと目が合った」
ほらね、泣いてしまう。
抑えて、抑えて抑えて抑えて。そのツケがやっと回ってきた。自分の気持ちにずっと嘘を吐き続けたからだ。気付くまで待ってくれるなんて、随分良心のあるツケだけど。
幸せなのに孤独だった日々。自分に何が足りてないのか分からない、何をして過ごせばいいかも分からない。
ああほら、自覚してしまえば、もう逃げられない。
「秀斗。……秀斗っ、ああしゅうとぉ…!」
やっと見つけた、俺の片割れ。もう離されてなんてやるもんか。
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