十月十八日(火曜日)

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洋館の周りに茂っている草木は その身に背負った雨粒を、 一つまた一つと濡れた大地に落としていた。 洋館の一室からは テレビの音に混じって男の声が聞こえた。 「仮に実果さんの推理が正しいとして、  安倍がストーカーだった場合、  大烏の立場は八木の主張の通り、  八木側の探偵ということですよね?  ならば大烏は安倍の正体に  気が付いていたことになりませんか?  つまり彼女が八木のストーカーであるならば、  二件の殺人事件の犯人でもあると。  それがわかっていながら、  彼女と結婚しようなんて思いますかね?」 男のそんな指摘にも女は動じなかった。 「それがあなたの言ってた愛なんじゃないの?  相手のすべてを受け入れる。  まさに恋は盲目」 そして女は悩ましげな眼差しを男に向けた。 「そ、そんな馬鹿な」 男は額に浮かんだ汗をハンカチで拭った。 「・・でも誤算があった。  大烏亜門は自分の方が彼女よりも  優位に立っていると思っていたようね。  当然、脅迫する側のほうが優位なのは  間違いないけれど。  今回は相手が悪かった。  彼女の方が一枚も二枚も上手だった。  安倍瑠璃の色香に惑わされたのね。  彼女の演技にまんまと騙されたってわけよ」 「演技・・ですか?」 「そう。  脅迫に怯え従順に従う女。  それともベッドで男に愛を囁いたのかしら。  とにかく女は誰もが女優なの。  カメラの前で演じるか、  一人の男の前で演じるかが違うだけ」 「実果さんにしては珍しく詩的な表現ですね」 男に褒められたのが恥ずかしいのか、 女は冷めた紅茶を口に運んだ。 「とにかく安倍瑠璃と結婚した大烏亜門は  事故に遭った」 男は何も言わなかった。 正確にはこれ以上何を言っても無駄だと 悟ったのだ。 「彼女は最初から八木明人に  殺人の罪を被せるつもりだったのかしら。  それとも別の目的があったのか。  おそらく大烏亜門の介入は  彼女にとって予想外だったはず。  彼女はどういう絵を思い描いていたのかしら。  八木明人を付け回していたということは、  彼に対してかなりの執着があったはず」 そして女は小さく息を吸った。 「・・彼女は八木明人に恋をしていたのかしら」 それから男に向かって微笑んだ。 「武。この後の調べ物は任せるわね」 男は大きな溜息と共にがくりと肩を落とした。 「でも馬鹿なことをしたわね」 不意にテレビの画面を見ていた女が口を開いた。 「馬鹿なこと?」 そんな女の横顔に男は聞き返した。 「こんなに早く大烏亜門を殺そうとするなんて」 男もテレビに目を向けた。 テレビの画面には、 病院の前でインタヴューを受けている 一人の美しい女が映っていた。 女は溢れだそうとする涙を必死に堪えていた。 男はこの涙は本物だと思った。
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