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「ここ、いいかしら?」
不意に声をかけられた女は、
目の前に立つ黒いドレスの女を見て言葉を失った。
一瞬の後、我に返った女は周りを見回した。
店内にはまだ空席があった。
にもかかわらず、
相席を求めてきたこの黒いドレスの女は
何者だろうかと女は訝しく思った。
黒いドレスの女は返事を待つことなく
女の正面に座った。
女は驚いたものの、
気を取り直して改めて目の前の
黒いドレスの女を観察した。
白い肌に赤い髪。
その頭には黒いリボン。
何て悪趣味な。
女はそう思った。
しかし不思議と違和感がなかった。
それは黒いドレスの女の美しさが
錯覚させているのだと女は理解した。
美しいということはそれだけで正義なのだ。
女は黒いドレスの女の得も言われぬ美しさに
心から驚いた。
テレビや雑誌に出ている女達を見て、
どうして自分よりも醜い人間が
もてはやされているのか女には不思議だった。
プロのメイクやスタイリストが付いて
あの程度のレベルなのだ。
到底自分の美しさには及ばない。
そう思っていた。
しかしその疑問は年齢を重ねて、
世の中の仕組みを知ることでようやく解決した。
テレビや雑誌に出ている人間が
特別に美しいわけではないのだと。
メディアに露出しているのは
世間が求めているからではない。
ごく狭い業界の中だけで
需要があるにすぎないのだと。
つまり事務所の力や親のコネ。
もしくは
自らの肉体を使った接待も厭わない連中もいる。
いつの世も権力のある者に媚びて
取り入る者は多い。
カラクリがわかれば興覚めだった。
この世は偽物が本物の皮を被って
我が物顔で歩いているのだ。
二人の目が合った。
女は小さく微笑んだが、
黒いドレスの女の表情は変わらなかった。
女は若干戸惑い黒いドレスの女から目をそらした。
目の前に座るこの黒いドレスの女は何者だろう。
自分に用があるのか。
以前にどこかで会ったことがあるだろうか。
様々な疑問が浮かんでは消えていく。
その時、マスターが水とおしぼり、
そしてメニューを持って現れた。
黒いドレスの女は
メニューを開かずにルワンダを注文した。
マスターはやや困惑したものの、
「かしこまりました」
と静かに答えてカウンターに戻っていった。
カウンターの白髪交じりの男は
美女の組み合わせに満足げに頷いていた。
もう一人の三十代の男は
チラチラと二人に目をやりつつ、
どちらの女がより魅力的か値踏みしていた。
若いカップルの男の方は
彼女の話に耳を傾けつつも、
二人の女の様子をそれとなく盗み見していた。
傍から見れば、
二人の美女が待ち合わせをしているように見えた。
しかしマスターだけはそうではないことを
知っていた。
二人が待ち合わせをしているのであれば、
注文をするときは一緒に頼む。
女はそんな素振りも見せずにすぐに注文をした。
黒いドレスの女は
女の注文を確認することもなく
コーヒーを注文した。
それでもこの二人の関係性までは
マスターにもわからなかった。
もっともそれ以上深く探ろうとは思わなかった。
客のプライベートには干渉しないよう努めてきた。
「見ざる、聞かざる、言わざる」
これが給仕のあるべき姿だと信じていた。
それでも何故か気になった。
二人の女の醸し出す雰囲気がそうさせるのか。
しいて言えば緊張感か。
だが緊張をしているのは一方の女だけだった。
黒いドレスの女はごく自然に
テーブルに腰掛けていた。
他の客は二人の美しさに心を奪われて、
その関係性を誤解していた。
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