十月二十二日(土曜日)

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女は困惑の表情を浮かべて 黒いドレスの女をぼんやりと見ていた。 「どうしたの、驚いた?」 女はその問いには答えずグラスに手を伸ばした。 そして一口だけ水を飲んでから口を開いた。 「・・そんなこと。  テレビでは報道されていませんでしたけど」 女は静かにグラスを置いた。 「当然でしょ?  そんな猟奇的な行為を報道できるわけがないわ。  テレビの報道なんて、  常に誰かにとって都合よく歪められて  世間に届けられるものでしょ?」 「・・何と申されましても私は被害者です。  その証拠に私が襲われている時の  映像があります。  主人が警察にも提出しました。  その映像が何よりの証拠ではないですか?」 「意識のないあなたに八木明人が悪戯する映像ね。  そこでも彼は  あなたと直接行為に及ぼうとはしなかった」 女は疑問に思った。 なぜ黒いドレスの女が そんなことまで知っているのか。 探偵というだけで情報が手に入るのだろうか。 とにかくこの美しい外見に騙されてはいけない。 この黒いドレスの女は油断がならない。 女はふたたびグラスに口を付けた。 「その映像が問題なの。  八木明人はあなたへの暴行と  殺人未遂の罪で逮捕されたけれど、  あの映像からは殺人未遂の様子は  見られなかった。  それに八木明人によって  破られたとされるあなたの服も、  あの映像では破られていなかった。  でも一番不思議なのは、  八木明人があなたに悪戯した場所は  野分岬ではないことよ」 女の手が微かに震えていた。 女はそれを悟られないように そっとテーブルの下へ隠した。 「・・細かいことは私にはわかりません。  私は意識を失っていたのですから」 「ふーん。  いい逃げ道ね。  でもあなたが八木明人の  ストーカーだったことはわかってるの。  八木明人は私の所に  ストーカー被害の相談にきたんだから」 「何度も言いますが私は被害者です。  それとも私が彼のストーカーだという  証拠はあるんですか?」 そこで女はフッと笑みを漏らした。 「あなたのことは少し調べさせてもらったわ。  あなた、以前は宿禰市に住んでいたのに、  今年になってから稲置市へ  引っ越してるでしょう?  『空き日と』  の斜め向かいにあるアパート『葉隠荘』へ。  それが何よりの証拠じゃない?」 「それが一体、何の証拠になるのでしょうか?  私は以前からあのお店を利用していました。  引っ越したおかげで  通い易くなったのは確かですが、  それは単なる偶然です。  引っ越しを考えていた時に、  たまたまあのアパートに空室があったのです」 女はもう一度ゆっくりとグラスを持ち上げて 口をつけた。 「偶然?  会社は宿禰市にあるのに?  言い訳にしてもお粗末ね」 黒いドレスの女は小さく笑った。 「そんな言い訳しかできないあなたが  この結末を描いていたとは思えないわ。  この結末は大烏亜門によって  歪められたのモノだとすると、  あなたの考えていた結末は  どういうモノだったのかしら?  それとも結末なんて考えてなかったのかしら?  あなたは八木明人に執着していた。  それは愛?  八木明人が  施術中のあなたを盗撮していた映像を見たわ。  盗撮という先入観なくあの映像を見ると  本当の絵が見えてくる。  あれは八木明人があなたに  いやらしい行為をしていた映像ではなくて、  その逆、  あなたが彼を誘惑していた映像なのよ」 女は黙って聞いていた。 「本当はこの盗撮映像も  処分しておきたかったでしょう?  でもこの盗撮映像がなければ、  八木明人があなたのストーカーだった  という話の信憑性が疑わしくなる。  それで仕方なく残した。  音声が入っていなかったのも都合が良かった。  警察は八木明人が犯人であるという先入観から  あなたと大烏亜門の主張を信じた」
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