十月二十二日(土曜日)

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女の手に握られたグラスの水面が 僅かに揺れていた。 「もう一つ。  八木明人の顧客名簿を見ると、  あなたは今年になってから  店を訪れる頻度が減っている。  あなたの言い訳と矛盾してるわね」 女はまたグラスの水を一口飲んだ。 黒いドレスの女はそんな女をじっと見つめた。 「あなたは店に通わなくても  彼の行動を監視できるようになった。  盗聴でもしてたのかしら?  そのためにあなたは八木明人の近くに  引っ越した。  違う?」 黒いドレスの女は「ふふっ」と笑った。 女は黒いドレスの女に気付かれぬよう そっと息を吐き出した。 「・・お話になりませんわ。  盗聴ですって?  そこまでおっしゃるのなら  証拠はあるんでしょうね?」 「残念ながら、  盗聴器はあの日、  八木明人が捕まった日に  あなたか大烏亜門が回収した」 「つまり証拠はないということですね?」 「そうね。  今更あなたの自宅を調べたところで  証拠が残ってるとは考え難い」 その言葉に女は口元に手を当てて 「おほほ」と笑った。 「でも八木明人があなたを  ストーカーしていたというあなたの主張は嘘」 「また想像ですか?」 女は呆れたように大きく溜息を吐いた。 「注目すべきは、  あなたがなぜ  そんな嘘を吐かねばならなかったのか?  ということ。  それは八木明人が大烏亜門に  ストーカー被害の相談をしていたから」 女は目を丸くした。 そして一瞬の後、 女はこみ上げてくる笑いを 必死に堪えながら口を開いた。 「仰っている意味がまったくわかりません。  その理屈でどうして私が  嘘を吐く必要があるのです?  それに主人は彼からそんな相談は  受けていないと言ってました。  当然、警察にもそう話したと聞いています」 「でも二人は頻繁に会っていた。  『シュガー&ソルト』という喫茶店で。  その事実に尤もらしい理由をつけるために  大烏亜門は逆転の発想を思いついた。  八木明人がストーカーであなたが被害者。  大烏亜門は八木明人に  ストーカー行為をやめるよう  説得するために会っていたと」 「すべては貴方の想像です。  仮に貴方の想像が当たっていて  私が彼のストーカーだったとしても、  私が二件の殺人事件の犯人だという証拠は  ありますか?」 黒いドレスの女はグラスを手に取った。 そして一口飲んでから女の目を見た。 女は黒いドレスの女の視線を正面から受け止めた。
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