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「ところで」  くるみが僕の顔をちらりと見た。 「悩みがあるなら相談に乗るよ。長い仲じゃん。何でも言ってよ」 「急にどうしたの?」  僕は力の入らない笑いと共に、くるみを見た。 「授業中であることも忘れるくらいの悩みがあるのかな、と思って」  彼女は心配して話しかけてくれていた。  たしかに僕は最近、しょっちゅうぼうっとしている。もう一つの世界が見えるためだ。  以前、あちらの世界はごくたまに見えるだけだった。それにもっと短く曖昧なものだった。それが近頃になって見る頻度が上がり、中身も徐々に鮮明になっているような感じがしていた。  ある日、自分に見えているものが母や秋に見えていないと知り、自分が普通でないと知った。  あちらの世界の話は、家族以外にしたことがない。  話そうとすると抽象的になってしまう事象であり、あちらで感じ取っている雰囲気は言葉にすることがとても難しい。  ただ、くるみには言ってもいい気がした。  彼女だったら、からかうようなことはしないだろうし、あの美しい世界について誰かに共有できたら、という願望はいつも心の片隅にあった。  僕は絵が下手で表現する方法を知らないから、それを形にすることは出来ない。だからこそ、美しさを人と分かち合えたらどんなに嬉しいだろう、と思う。 「ううん。そうだね……」 「話せないなら無理はしなくてもいいよ。でも、話せば楽になるかも」 「実は、言葉にするのが難しいんだけど……不思議な現象が起きているんだ」 「不思議な現象?」  彼女は目を丸くした。 「ぼんやりした話で、伝えるのが難しいんだけど、僕には、この世界じゃないどこかが見えるんだ」  彼女は少しの間固まった。 「……それは、どんな場所なの?」 「現実に戻ってきてからはぼやけた記憶になってしまうことが多いんだけど、覚えている限りでは、町であったり、空き地であったり、路地裏や自然の中だったりして、どこもノスタルジックな雰囲気が漂ってるんだ」 「おとぎ話とか夢の世界みたいな?」 「たしかに、この目で見た覚えがない場所だし、幻想的なんだけど、一方で現実味はあるんだ。日本的な風景だからかもしれない。あちらにいるときは、実際にその場にいるような感覚になるね。一番近いのは記憶かな。それも美化された記憶。いい思い出は時間が経つほど『あの頃に戻りたい』という願望でコーティングされて、実際以上の美しさを持つようになったりするけど、それに似た感じ。戻れないし、どこかわからないけど、だからこそ心を鷲掴みにするみたいな」 「ふうん。そんな特別な力があるんだ」  彼女はいたって真面目な表情だった。 「もしかすると、天性の芸術家なのかもしれないね。ほら、頭の中で勝手に話が進み出すっていう作家がいるじゃん。それみたいに、春の頭の中にも動いている世界があるんじゃない? いつか急にアイデアが降ってきて、壮大な物語が作れたりするかもよ」 「まあ、突然に見えるから、実生活に影響が出るという問題付きだけど」  なるほど、たしかに僕みたいな人は他にもいるかもしれない。これがいわゆる「天からアイデアが降ってくる」というものなのだろうか。 「自分だけのための世界。わたしにはそいうの見えたことないな。もし、行ける方法があるのならわたしも行ってみたい」  彼女は微笑んだ。  僕だけのための世界。面白い言い方だ。  でも、あの世界がどうして僕に与えられたのかは、さっぱりわからなかった。 「見える方法がわかったら、くるみにも行き方教えてあげる」 「ありがと」
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