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 涼しい風とすれ違った。  割れた窓ガラスの下に水溜まりができていて、雨が残った窓をぱちぱちと叩いていた。  階段を上って二階へ上がった。  ところどころ滑り止めのゴムが剥がれていた。  人のいない、静まりかえった廊下には、雨の匂いが充満している。  自分の足音だけが反響しているこの場所も、いつの日かは子供たちの声で賑わっていたのだろう。  ある教室の前の壁に、画鋲が刺さっていた。すっかり錆びたそれらは、ずっと前から変わらずにそこで時間をとめていた。  床に画鋲が転がっていないか確認しながら、教室に足を踏み入れる。  中はほこりっぽい空気と湿気でこもっていた。  黒板には、誰かが忍び込んで書いたのか、様々な落書きが並んでいた。もしかすると、地域の子供たちがやったのかもしれない。  時計の音だけが教室に響き渡っている。  一つの椅子を引き出して、そこに座る。何気なく空になった机の引出しに手を突っ込んでみる。ザラザラした感触。  右手を取りだして嗅いでみると、鉄の匂いがした。  もう一方の手を動かしているうちに、机の奥で四角い物に触れた。  引っ張り出してみると、黒い筆箱だった。誰かが教室に置き忘れていったのだろうか。 「いたいた!」  教室の入口に、ヤシが立っていた。 「もっとうまく隠れないとすぐに見つかっちゃうぞ」  彼は廊下の向こう側をちらちらと確認しながら、こちらへ歩いてくる。 「ていうか、おれの机の中いじってなかった?」 「あ、これヤシの机だったんだ。筆箱忘れてたよ」 「それは、忘れたんじゃなくて隠しているんだよ」 「隠してる? 何を?」  ヤシは僕の手から筆箱を取り上げて、その蓋を少しだけ開いた。 「ほら、見える?」  筆箱の隙間からはカサカサという音が漏れていた。  中は暗くてよく見えない。 「うーん。光があったら見えそうだな」 「それじゃあ、窓際に行こう」  窓からは校庭が見えた。中心の方でシゲと、坊主刈りで高身長の男子がキャッチボールをして遊んでいる。 「シゲとビックはキャッチボールしてるな。かくれんぼ終わったら後でおれらもやるか」  二人は遠目からだとその身長差から、親子に見えた。  ヤシは筆箱を窓の方に向けて、少し開いた。 「ここで見えるかな」  日光に照らされた筆箱の中を覗き込むと、緑色をした何かがうごめいていた。 「これ、俺のカナブンコレクショ――」 「みいつけた!」  静かな教室がアサヒの大声に震え、それに驚いたヤシの手から筆箱が落ちた。 「「あ」」  僕とヤシの間抜けな声が重なる。  地面に当たって全開になった筆箱から、一斉にカナブンが飛び出した。 「ぎゃあ! 何してるの!?」  アサヒはすぐに背を向けて逃げ出した。  やべやべ、と言いながらヤシがまだ近くにいたカナブンを拾い集める。  カナブンたちはバチバチと壁にぶつかり、天上にぶつかり、転げ回りながら逃げ道を探している。 「はるも捕まえて!」  僕は暴れ回る緑の甲虫を捕まえては、筆箱へ持っていくことを繰り返した。  途中からはアサヒも加わって、どこか隙間にカナブンが挟まっていないかしらみ潰しに探した。 「あたしが見つけたとき、何やってたの?」 「おれのコレクションをヤシに見せてたんだ。午前中に捕まえたやつなんだぞ」  アサヒは呆れた顔で、ヤシの手の中にある筆箱を見た。 「本当に驚いた……で、捕まえてどうするの?」 「え?」  ヤシは頭をポリポリ掻いた。 「それは……逃がすかな」 「よくわかんないの」  アサヒはそう言って筆箱を見た。 「そうだな、後で森に返そう。ってことで、次は誰鬼やる?」  ヤシがこちらを見る。 「僕はまだ、どこにどんな部屋があるのかわからないから、探すのは難しいな」 「そうだよね。はるにはまだ学校の案内をしてないよ。先に学校紹介しようよ」  アサヒの言葉にヤシが頷く。 「そうだな。よし、じゃあ今からミラクル冒険隊は小学校探検を始める。注意してついてくるんだ!」  ヤシが教室から駆けだしていき、僕とアサヒがそれについていく。
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