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家に到着すると玄関が開いており、そこに眼鏡をかけたおじさんが座っていた。
その奥には弘子おばさんが立っていて、二人は話し込んでいた。
「こんにちは、お邪魔してます」
「お帰り。春くんは四郎さんのこと覚えてる? ほら、桂子ちゃんの旦那さんで、昔来た時に何回か会ってたんだよ」
弘子おばさんが教えてくれる。
「おお、春くん。すっかり青年だね。秋くんは会ったことないか」
おじさんは野菜を持ってきたようで、作業着の格好のままだった。
黒縁眼鏡の奥で温厚そうな目が笑っていた。
全く記憶がなかった僕は、どうも、と曖昧な返事をすることしかできない。
「そいじゃ、今日は帰るわ。二人も、いつでも遊びに来てね」
彼は元気な足取りで軽トラックに乗り、帰って行った。
「桂子ちゃんとは仲が良くてね。私、よく遊びにいってるのよ。四郎さんも優しいから、今度顔を見せてあげて」
「はーい」
秋が返事をしながら靴を脱ぎ捨てて家へ上がる。
僕は秋の靴を揃え、それから自分の靴を脱いでお風呂に向かった。
久しぶりの運動に体の疲れがどっと出た。
*
深沢家は昔ながらの木造の家だ。
い草の匂いや古い箪笥の匂い、ちらつく蛍光灯、立て付けの悪いふすま、それらが時間の流れをせき止めている。
この家にいると、心から落ち着くことができる。
お気に入りは縁側。風鈴の涼しげな音を聞きながら、木々をゆったりと眺めることのできる、開放的な空間。
ここでアイスを食べるのは至福だった。
「あ、いいな。秋もアイス食べる」
僕は足を外に投げ出して横になると目をつぶった。
とっとっとと走る足音が遠のいていき、冷蔵庫の開く音。中身をがさごそやって、冷蔵庫の閉まる音。とっとっとという音が近づいてきて、隣に座った。
秋は僕が食べていたものと同じアイスバーを手にしていた。
「おいしいね。これ」
「おいしいね」
好きな場所で、秋と一緒に食べるアイス。
そよぐ風に風鈴の冷たい響き、ほのかなサイダーの香り。
秋が口を動かすと、しゃりしゃりと音がした。
もぐもぐしている口がおもしろくて眺めていると、彼は視線に気づいてにっこり笑顔になった。
「次はどこいこうかな。今度はトンボ号を飛ばせる場所に行きたいな」
「なるほど。じゃあ、広めの場所を探しに行こうか」
「そうしよ」
蝶々がひらひらとやってきて、足元の踏み石に止まった。
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