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大きな入道雲が背伸びしていた。
昨日と反対側の山を探索する。
生い茂る草の中をがさがさとかき分けて進んだ。
「どこかに広いところないかなあ」
秋は岩に登って辺りを見渡した。
「あれ、あそこになんか立ってるよ」
そこに立っていたのは錆びついたバス停だった。
バス停といっても、円形の鉄板に一本看板をさした簡素なものだ。
その横には草の生えた道路が横たわっている。
昔はバスが走っていたのだろうが、今では使われていないようだった。
茶色くなって折れ曲がったバス停の文字は、ほとんど消えかかっていて、読むのが難しかった。
「春、なんて書いてあるかわかる?」
「『集、小、校前』。きっと集は集井のことで、小学校前のバスなんじゃないかな」
「そういうことか。じゃあ、近くに集井小学校があるんだ。探しに行こ」
「道沿いにあるかな」
道路の真ん中を歩くのは楽しかった。それも今は走る物のなくなった道路。
遺跡の上を歩いているようでわくわくする。
「校庭があればトンボ号も飛ばせるね!」
「そうだね。この道路の具合からして、学校の状態がどんなものかな。入れたらいいね」
「あった」
そこにはくすんだ校舎が建っていた。鉄筋コンクリート造りと思われる、横に長い二階建て校舎。
窓のいくつかは割れていて、壁の塗装があちこち剥がれ落ちている。
あちこちにつたが張りつき、長い年月放置されていたのを物語っていた。
校舎前には校庭とみられる広いスペースがあった。
そこで縄跳びをして遊んでいるこどもたちがいた。
小学生くらいの子が四人。中学生くらいの女子が一人。僕と歳が近そうな男子が一人。
「お、誰だあれ!」
小学生らしき男の子がこちらに気がつき、駆け寄ってくる。
縄跳びが止まり、皆の視線がこちらへと向けられる。
「俺はソウイチ。君は何て言うの?」
少年が秋に話しかける。
「ぼくは秋。よろしく」
「こんにちは。二人はどこから来たの?」
年長者の男子が笑顔で話しかけてきた。
「東京の方から来たんだ。僕は春。秋の兄」
「へえ、兄弟で季節の名前?」
「そう。僕も秋も季節の漢字と同じ」
秋が自分の名前を校庭の砂に書いて見せた。
ソウイチくんもその横に「総一」と書いていた。
「へえ、そうなんだ。俺はカズマ。和む馬で和馬。同い年くらい? 俺は中三」
彼は筋肉質で、つんつんと立った黒髪をしていた。
身長は僕よりも少し高い。
「僕は高一、よろしく。秋は小三」
「あ、惜しい。よろしく、春。秋くんもよろしくね」
彼はしゃがんで秋と同じ目線になり、微笑みかけた。
「あっちで俺と一緒に縄回してたのが、俺の妹のヒロコで小六。そのつながりで、よく小中学校の子たちと遊んでるんだ」
秋がトンボ号を取り出すと、総一くんら小学生たちは目を輝かせた。
「何それ!?」
「この前、春に買って貰ったんだ。輪ゴムで引っかけて飛ばすんだよ」
秋が構えると子どもたちは息を呑んだ。
次の瞬間、手から離れたジェット機は、一瞬で青空に小さくなった。
そうして上がりきったところで、太陽の光をきらりと反射させ、そのままくるりと縦に一回転し、滑空した。それからふわりともう一度浮き上がって、少し離れた場所に着陸した。
歓声があがり、秋を先頭に小学生たちはトンボ号の元へと駆けていった。
彼らがトンボ号で遊んでいる間、僕と和馬、それに中二の奈美の三人は、校舎の日陰に入って小学生を見守った。
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