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「急で悪いが、君にはここを出て行ってもらうよ」
カニエルが私に婚約破棄を申しつけたのはとても急なことだった。一週間後には結婚式も執り行われる予定だったのに。
「どうしてですか? なぜ急に!」
「エリーナ、それは言えない。とにかく今すぐ出て行ってくれ」
「はぁ?」
彼は有無を言わさずに私を邸宅から追い出した。荷物をまとめる時間も与えられず、いくらかのお金と一枚の写真だけを持ち出すのが精一杯だった。
「どうしてこうなるのかな……」
それから数日が経って宿で朝食を食べていると、近くに座っていた女性たちの話が聞こえてきた。
「ねえ、カニエル大臣が結婚したって聞いた?」
「聞いた聞いた。長年支えてくれた秘書とですって! きゃあー!」
「あれ、でもカニエル大臣って名家のお嬢さまとの婚約があったよね」
「ああ、それが向こうの態度に問題があったからって取りやめになったそうよ」
「あら、どんな悪い女なのかしらね、そのお嬢さま」
私は聞くに耐えられなくなって立ち上がった。
「私に問題があったですって! 私を捨てて秘書と結婚するだなんてこっちは全く聞いてなかったのよ! あの人でなしめ、許せん!」
思わず叫んでしまった。その場にいた人たちの目がいささか冷たい。私はその後すぐに宿を出た。
私は昔から人に愛されているような気がしていなかった。両親は私のことを政治の道具だとしか思っていなさそうだし、周りの大人たちも友達も私が名家の令嬢だから付き合っていたのだと思う。こうして、婚約者の家から追い出されて思うのはやはり、私を愛してくれる者など誰もいなかったのだろうか、ということ。追い出される直前に持ち出した一枚の写真を見る。そこにはありし日の私と幼馴染で今は王子のアルが写っている。ああ、あの頃に戻りたい。アルはいつも私のことを「大好き、大好き」と言ってくれていた。そんな彼とも結局は疎遠になってしまって、あれは子供の頃の楽しい思い出なのだなと割り切っている。こうなった今、本当に彼に愛されたいと思ってしまう。
「お金ももうないしな……」
持ち出したお金も底をついたので、そろそろ何か生活する手立てを見つけないとと思ったその時。
「危ない!」
一台の馬車が私に目の前に猛スピードで走ってきた。慌てて避けると私は転んで倒れてしまった。馬車の方がなんとかして止まる。
「大丈夫ですか?」
馬車の御者が駆け寄ってきた。転んだ衝撃で意識が朦朧としている。視界が暗くなり周りの声だけが朧げに聞こえてくる。
「どうした!」
「王子、大変です! さっきので転んで怪我しているみたいです……」
「今すぐ馬車に乗せろ! 城に連れて手当てを……」
私はそれから数時間のことを覚えていない。
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