坂巻くんはツンデレをやめたい

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 ある日のことだった。  今日もレジは坂巻。 「……おう」 「お願いします」  最近、ふわふわホイップロールケーキパンを買うのはやめたから、買うのはジャスミン茶だけ。  すぐ終わる。三秒くらいで。   決済画面を提示して待っていると、レジ横のホットスナックのケースの中に、驚きのものがあるのに気付いた。  やだなにこれ!  スマホゲームのキャラクター肉まん。  こんなの発売されてるんだ! 知らなかった! 「これ知ってんの? このゲームやってんの?」  思わずキラキラしてしまった私の視線の先にめざとく気づかれ、 「……うん、まあ」  小さく答える。  男子には人気だけどあまり女子っぽくないゲームだから、またオタクとかって馬鹿にされるんだろうなと思って覚悟したら、 「かわいいよな!」  え?  伏していた視線を思わず上げる。  と、坂巻が人懐っこい顔で笑っている。  私は驚いた。  一瞬だけど驚いて動けなかった。 「うん、……不憫かわいい」  どうにか答えると、 「不憫かわいいってなに、新しいジャンル? でもわかるわ」  と笑う。  陰険さとか一ミリもない感じ。  ニヤッとかじゃなくて。 「……けど超強いからそれがまた不憫」 「確かに」  坂巻がうなずきながら、笑っている。 「さらにこれはおいしくもなさそう」  食べ物にあるまじき、ピンクと水色の配色。ある意味よくこの色味を食品で再現したなぁ。  ポップには『紫芋餡+ソーダ味』と書かれている。 「俺もなかなか食べる勇気が」 「じゃあ、一つください」 「え、じゃあって日本語おかしくね? 味、知んねーぞ!? あ、やべ、商品だ……」  坂巻が肩をすくめる。 「まじで?」 「まじで。……かわいいし」 「や、たしかに、かわいい、けどよ」  坂巻はトングでつかんで、慎重に袋に入れる。  動作がたどたどしくて、慣れていない様子だ。 「……ありがと」 「俺、初めて売ったし。ちゃんと食えよ」 「え、いや、ちゃんと食うよ」  何の念押し。  ピッと0.1秒で決済が済んで、 「……じゃ」 「……おう……あざっす」  なんか妙な空気のなかで、私は店を出た。   『普通』の坂巻がいた。  そのことに、どうしようもなく胸がなっていた。    
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