坂巻くんはツンデレをやめたい

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*  私、真野(まの)まのんは小学校にはあまりいい思い出がない。  お受験信仰なんてないみじんもない地域で、遠くの、勉強して受験して入るような学校を人生設計の視野に入れるくらいには。 「⋯⋯真野!」  イヤホンをしていたから最初は聞き取れなかった。  学校帰りにコンビニに寄るのは日課になっていて、行けば毎日毎回いつも同じ動作。  買うものも決まっている。ふわふわホイップロールケーキパンと、最近ハマっているソルティジャスミンティー。  ロールケーキとパンが合体したスイーツはカロリーお化けだけど、毎日を頑張ってるご褒美ということにして自分に許している。むしろ売り切れていたらへこむし、一日が終われない。 「お願いします」って商品出して、「袋いりません」って伝えて、スマホの決済画面を見せて、バーコードしてもらって、「ありがとうございます」と言って帰る。  時間にして十数秒。  その日、わざわざイヤホンを外して、店員さんの顔を見上げたのはルーティンのリズムがいつもと違ったからだ。 「ひ、久しぶり! おい! 聞こえてんのかよ! ひ、さ、し、ぶ、り! って」  店員さんらしからぬキレ気味で言われて、私はしばらく反応ができなかった。  赤い髪。  そのカラーリングは、K-POPのおしゃれ系というよりヤンキー系の毛染めに思えた。  着ているのはコンビニの制服だから、実際にはどういうファッション系統の人かわからないけど。  背が高いし大人かと思ったら、顔は案外幼い。というか、なんかイケメン。え、このイケメン、こいつ、もしかして。 「え。さ、坂巻……?」 「……おう」  坂巻(さかまき)嶺王(れお)は小学校の同級生だ。  六年のとき同じクラスで、一学期の図書委員を一緒にやった仲。  少し、いや、割と嫌な思い出。トラウマほどではないにしても。 「……なんで」 「あ? 遊んでるようにでも見えんのか、バカじゃね? バイトに決まってるだろ!」  いやいや。それはそのようですけど、なんで。いつから。  疑問はたくさんあるのに言葉が出てこない。  私が以前住んでいた、つまり坂巻の地元のD市は遠いし、D市民はA市とは反対側にある繁華街に出る方が圧倒的に多い。  つまり生活圏が違うのだ。事実、私は引っ越してきてから小学校の同級生に誰一人会ったことはない。 「いや、ほんとになんで……」  本当に理解ができなくて同じ言葉を繰り返すと、 「ハァ? 金が欲しいからに決まってんだろっ!」  当然ながら私が聞いたのは、バイトしてる理由ではない。  ぽわんと心に生まれていた、なんというか、懐かしくて暖かいような気持ちは一瞬で消えた。  坂巻との過去は思い出したくない過去ではあるけれど、その嫌悪と驚きを差し引いても、久しぶりの再会に少しは心に弾むものもあったのに。  坂巻とは嫌な過去の一方で、宝物のような思い出もあるから、なおさら。
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