1059人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ
*
店を出てしばらくすると、心臓がどきどきと激しく脈打ち始めた。
季節は二学期が始まったところ。
「五月からバイトって……あの言い方からして、前から私に気づいてた……?」
知ってて、黙って見られていた?
「ちょっと、待って……、恥ずかしいものとか買ってなかったよね、私!?」
たとえば生理用品とか! ……それはたぶん大丈夫だと思うけど、夏休み中は超適当な部屋着で、髪もぼさぼさで、コンビニに行っていた。
やめて。うそ。いつから! まじハズい!
「いやいや、でも夏休み中は学校休みで坂巻も地元にいて……って、学校行ってるのかな!? フリーター!?」
だって、赤い髪だったし!
考え事をしているうちに家に着く。
マンションからコンビニまでは徒歩二、三分。そんな近距離に坂巻がいるなんてありえない。
そもそも小学校のときのイメージしかないから、今の姿で坂巻とわかるわけがなかった。
レジの店員さんの顔なんて毎回、個別に認識なんかしていないし、坂巻自身もすごく変わっていた。背もびっくりするくらい伸びてたし、髪の毛だって長いし。おまけに赤。
「とにかく落ち着こ……」
ベッドに寝転がる。
SNSで『坂巻嶺王』と検索窓に入力して、またすぐに×印で消した。
私が知らない坂巻の三年間。その情報はたぶん面白いものではない気がしたからだ。
小学校時代の坂巻はリーダー格の人間だった。
地域のミニバスチームが結構強くて、そのチームに入ってる男子と女子が学校で覇権を握っていた。最高学年の六年生でバスケのうまかった坂巻が人気者なのは当然だ。
勉強は得意ではなかったと思うけど、学力なんて中高以上ではじめてウェイトを持ち始める価値感であって、身長も私より低かったけど、それもあんまり重要視されてなかったし、顔がかっこよくて走りが速ければ、当時は役満の時代。
六年生の一学期、そんな坂巻と図書委員になった。
私は、陰キャというほどではないにしても活発な方ではなかったから、それまでの学校生活で坂巻との接点はなかった。まぶしく見ている方の人間だった。
坂巻はじゃんけんで負けてしぶしぶ図書委員になったのだけど、本を読むのが好きだった私は立候補で。
放課後、図書室を開放する当番のときに初めてしゃべった。
それも最初の一、二回は、毎回友達と一緒に大勢のグループでやって来て、図書室でふざけて遊んでいたが、一度先生に注意されてからは坂巻が一人で当番に来るようになった。
最初のコメントを投稿しよう!