坂巻くんはツンデレをやめたい

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 貸出の手続きの仕事がないときは好きな本を読んでいていい。  スポーツの本や漫画図書を中心に読んでいたようだったが、ある日、私が読んでいる本について尋ねてきた。 「なあ、それおもしろいの?」  私はどきどきしながら答えた。 「おもしろいよ?」 「ふーん。俺でも読める?」 「読めると思うよ」 「どこにあんの?」  高学年向けの文庫小説はレーベルごとに同じ装丁でずらりと並んでいるのにその場所さえ知らない。最初の図書委員会で先生が説明した何を聞いていたんだろう。 「えっ、こんなに長い話なん!?」 「ううん。カバーが同じ色なだけ。ほら、絵もタイトルも違うよ」 「あ、ほんとだ」 「男子向きなのはこういうのとか」  中学生のサッカーの部活の小説を選んでみせた。 「うへぇ。字ばっかじゃん」 「たまに絵のページもあるよ」  坂巻は気が進まない様子だったけど、近くの席に座って読み始めた。  当番はカウンターの中に座っていなきゃいけないのに。  その日の放課後、図書室を利用した人は三人だった。私は全部一人で手続きした。坂巻は仕事はしなかったけど、立ち歩いたり騒いだりせずに、席に座ったまま本を読んでいた。 「坂巻、開放時間終わりだよ」 「えっ、まじか」  私の声に坂巻は集中を解かれたように顔を上げた。 「俺、これ借りる」  読みかけの本を持ってカウンターに行き、自分でバーコードを通し、 「じゃあな!」  びっくりするほど手早く本をランドセルに突っ込んで、走って図書室を出て行った。 「え、ちょっと、鍵返却……」  結局、その日は私一人で図書室の戸締りをして、鍵を返しに行った。 「真野!」  次の日、登校すると息巻いた坂巻が話しかけてきて、 「あれ、すげえ面白かった! もうすぐ読み終わる!」 「えっ? 読むの早いね!」 「面白くて止まらなくてさ。読み終わったら次読むのある?」 「続編があるよ」 「そうなの!? うわ、楽しみ!」  いつも休み時間は運動場で遊ぶ坂巻だったけど、その日の20分休憩は図書室にいたようだった。  私たちが通っていた小学校の雰囲気は、特定の男子と女子が仲良くするのが恥ずかしいことだった。  ましてやうるさい系のトップである坂巻と、静かな女子グループに属する私が用事ではないことをしゃべっていると間違いなく冷やかされるし、そもそも坂巻が読書していることですら「雪が降るぞ」とからかわれているくらいだった。そんな声を無視して、坂巻はしばらく読書に夢中になっているようだった。  一週間も経つと、坂巻は休み時間こそ運動場に行くのを再開していたが、最初の頃の勢いはないにしても家では本を読むのを続けていたようだった。  そのことを、廊下や下駄箱で偶然お互いに一人だったり、すれ違う時に報告してくれた。  図書館当番の時は、本の感想や意見を交換した。
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