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「真野が泣いて、でもその原因は、今までみたいな俺が嫌いでとか嫌でとかじゃないやつっぽかった。だってさ、泣きながら笑ってくれたその顔がさ、俺がそう思いたかっただけかもしれねえけど、自意識過剰かもしれねえけど、俺のことを嫌ってるって笑顔じゃなかった気がした。ほっぺたのさ、涙が流れたとこがキラキラ光っててキレーで……。ってもー、くそ、なんだよこの羞恥プレイ!」
「続けて続けて」
オニかよ、と坂巻が私を睨む。
「……もう感情がぶわーってなって、告白する時のシチュエーションとかムードが必要なのとかもうぶっ飛んで、言わずにいられなくなって、真野に気持ちを……伝えて……」
坂巻はそこで言葉を切って、夕暮れの空を仰いだ。
「……真野に告ったら、なんか、スーッと肩の力が抜けて、楽になって、すげぇスッキリして、巧とのことも応援できる気になって……なった、って妄想。っていうか、なんかそんな夢? 見て……恥ずいし、まじで」
「そこで終わりなの?」
「はい」
「……そのあとは?」
「遠くから二人のこと、応援してます! 終わり!」
「うそ。続き、あるよね?」
じりじりと詰め寄ると、観念したように、
「だって、この先は……マジで俺の夢で、俺に都合よすぎて、言って、現実じゃなかったら……死ねる」
「死なない」
私はこれ以上ないくらい坂巻の目を見た。初めての距離。こんなに男子の目を逸らさずじっと見つめたことは今までにない。
夕陽が坂巻の瞳に差し込んで、ビー玉の中に閉じ込められた模様みたいで、『虹彩』って漢字が頭に浮かんだ。
虹と彩。まさにそれだ。この言葉を作った人か漢字をあてた人か、わからないけどその人も、こんなふうに誰かの瞳を覗き込んで、思いついたんだよ、絶対。
「その妄想は、私は誰とも付き合ってないよね。彼氏がいたこともないよね。好きな人もいない、いや、いなくはないけど、初恋を今も引きずってるんじゃなかった? 初恋は小6の時、同じ図書委員だった男の子」
「……そいつも、小学校の時からずっと、ずっと真野のことが好きで」
「うん。高校生になって、コンビニで、再会したんだよね。……全部、夢じゃないよ」
重なってるだけだった手が、裏返ったと思ったら力が入って、指が絡まって。
「真野」
「はい」
「好きです」
「……知ってるよ」
緩やかな春の風でもなく、さわやかな夏の風でもない風が強く吹く。
枯れ葉と一緒に、ちくりと痛い私たちの過去は空に舞い上がって、遠くに飛んでいった。
*
「う、俺、めちゃ手、汗かいてる……汚ねぇよな、嫌だろ? ごめん」
「汚くないし。好きな人だもん」
「すきな……、そ、そっか。でも、やっぱ、ごめん」
「それにこの前、熱で朦朧としながら、ずっと私の手を握ってたよ」
「……夢じゃなかった」
「あの熱さ、忘れないよ。一生、忘れない」
「い、一生ッ!?」
自転車を押しながら、手を繋ぐって難しいってことを私は初めて知った。
「うん、忘れない」
大人になって、現実的な考えとして、坂巻と別れて、違う人とつきあって、違う人と結婚しても、忘れないよ、とはさすがにね、空気を読んでそこまでは言わないよ。
坂巻の顔も耳もずっと赤くて、それが愛しくて、つきあったその日に別れたときのことなんて言ってあげるの、かわいそうだし。
私だって、この先も坂巻とずっと一緒にいたいと思ってるから。
こんなの絶対運命だって信じてるから。
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