幽霊から来た手紙

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ヤスオへ  そう。俺、幽霊になったんだ。  話が早くて、本当に助かるよ。俺の家族も友達も、ぜんぜん相手にしてくれねえの。そりゃそうだよなぁ。いまどき幽霊だお化けだなんて、誰も信じてないしな。  俺だって、信じちゃいなかった。でも、自分がいざそうなっちゃえば、信じるも何も無いよな。  あの事故の時のことは、よく覚えてる。横断歩道の前でぼーっと信号待ちしてたら、いきなり車が突っ込んできてさ、ぶつかる! って思った次の瞬間には、俺は空中に弾き飛ばされてた。ふわぁって漂ってさ、20メートルは浮いたと思う。  空中に浮かんだまま、俺はそのままゆーっくり下に降りていった。まるで羽かなんかみたいに体が軽くて、気分は悪くなかった。よくみたら下の道路には、手足とか首が変な方に曲がった俺の死体があるし、周りの人たちは大騒ぎでさ。救急車も来て、そこでようやく、「あ、俺死んだんだ」って思ったよ。  俺は、俺の死体を乗せた救急車を追いかけた。不思議なもんで、俺は今や「こうしたい」と思う通りに移動することができた。その気になれば、瞬間移動だって出来たんじゃないかな。  霊安室で遺体袋を囲んで、おふくろやおやじが泣き崩れてるのを見た。おかしいもんだと思った。それはもう俺じゃないのに。俺はちゃんと、ここにいるのに、って。  そうして葬式やらなんやらが慌ただしく始まって、ついこの前に終わった。いちおう弔われてるのは俺だから、無視決め込むのも悪いって思って、最後まで同席してた。誰も気づかなかったけどな。  俺は幽霊になった。だから、この世のものには干渉できないんだ。触ろうとすればすり抜けるし、俺の姿は誰にも見えない。  唯一の例外は、俺の生前の持ち物だけは、なんとか動かせなくもないってこと。家族の前でペンを浮かして、「俺はここだ!」って伝えようとしたんだけど、みんな気味悪がっちゃってさ。なんと、俺の遺品はほとんど処分されちゃった。  幽霊って結構やることなくてヒマなんだよ。ゲームもできないし、バイトのシフトにも入れない。それで、誰か話せる奴いねぇかなって、あちこちの友達んちに行ってるんだけどさ。みんなやっぱり気づくわけないよな。メッセージ残そうにも、ペンは触れねぇしパソコンのキーボードはすり抜けるし。  それでどうしようかと思ってたら、お前んちに俺が昔あげた万年筆があることを思い出した。あれなら、ワンチャン動かせるんじゃね? もともとは俺のもんだし、って思ってさ。  それで来てみたら、見事に大成功。手紙が書けたし、しかもお前が返事までよこしてくれた。  マジで助かったよ。俺このままじゃ、退屈で死ぬところだったよ。もう死んでるんだけどな。  言われなくても、また来るつもり。今んとこ話できる奴はお前だけだからな。万年筆とメモ用紙、机の上に用意しといてくれよ。  これからどうするかな。知り合いに会いにいくのも飽きたし、ちょっといろんなところを見に行ってみる。よくよく考えたら、今の俺はどこにだって行けるんだ。  幽霊の土産話、楽しみにしとけよ。小説のネタにしてくれたっていいんだぜ。 ジュンより ジュン  まだ混乱しているけど、なんとなく状況が飲み込めてきた。お前は死んで幽霊になった。それで今もこの世にいる。  俺も葬式に顔を出したよ。おやじさんもおふくろさんも、ひどく悲しんでたじゃないか。お前を悼んで泣いた人、お前を失った苦しみに耐える人。あの場のみんなが、お前のことを愛しく思っていた。そうだろ? お前はどうしようもない大馬鹿で、そして幸せ者だ。  それでも、お前が死んでから、俺は何も手に着かなくなった。授業にも出ずにふらふらしては、部屋に帰って寝るだけの日々だった。お前があの置き手紙をした、あの日までは。  正直、言いたいことも、聞きたいことも、山ほどあった。でも、お前の無事を知って、なんかどうでもよくなった。  お前が元気そうでよかったよ。自分が死んだっていうのに、出る感想が「ヒマだ」って、ずいぶん呑気なもんだ。  せいぜい楽しんで来いよ、幽霊としての余生。で、もし俺のことを思い出したら、たまにはここに手紙を書きに来てくれ。 ヤスオ
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