幽霊から来た手紙

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ヤスオへ  お、そうだな。お前の小説、楽しみにしてるよ。俺はブンガクとかよく分からんけど、お前が書くんなら、きっと良いモノになると思ってる。  ちょっと遠出して、繁華街の方へ行ってみた。「夜の街」ってやつ。真夜中だってのに、ビルの間にはネオンがぎらぎらきらめいて、目に痛い眩しさだった。客引きも、千鳥足の酔っぱらいも、俺には目もくれず通り過ぎていく。  こんなに明るいだけで、なんか非日常って感じするの、なんでだろうな。俺は明かりに誘われる羽虫みたいに、ふらふらと通りを回遊した。  キャバクラ、ホストクラブ、それにラブホなんかものぞいた。期待してたわりには、他人のSEXシーンなんて退屈だったよ。女の裸なんて、見慣れてるからな……て、モテ男みたいなことを言ってみる。でもほんとに、飽きちゃうんだよ。最初の方は、それこそ女湯に入ったりとかしてみたけどな。うらやましいだろ。でもな、自分でさわれもしないのに、美術館の彫刻みたいにじろじろ眺めてても、そんなに感動しないもんだ。  それより、ホテルのでかい窓から見える、大都市の夜景のほうがずっと見ごたえがあった。あの明かり一つ一つが、人ん家とかオフィスの明かりだったりするんだろ。そう考えると、この世界にはどれだけの数の人が存在するんだろうな。その誰もが、俺のことが見えない。なんだかおセンチになってきてさ、そうだ、場所を変えて、もっと高いところからこの街を見てみよう、そう思ったんだ。  高層ビルの屋上展望台に登った。360度、遠くまでよく見渡せるんだ。だれにも邪魔されることなく、俺はその大パノラマをひとりじめしていた。  眼下の街を見つめながら、ふと思った。ここから落ちたら、どうなるだろう。  おれは幽霊だから、落ちたって死なないだろう。とたんに好奇心が湧いてきて、俺は手すりから身を乗り出すように、勢いよく空中へと飛び出した。  俺はゆっくりと落ちていった。落ちる、というより、下降していく、と言ったほうがいいかもしれない。そのくらいの遅さで、ゆるやかに回転しながら、俺は下降していた。  そのとき、急に不安になった。俺はいつまで落ちるのだろうか。手足を動かしても、空を切るだけだ。すがるものの無い空中で、俺は死んでから初めて、怖い、と思った。  永遠ともつかない長い時間、俺は落ち続けた。もういやだ、戻りたい――そう思った次の瞬間、俺は元の屋上展望台に戻ってた。  あれはマジで怖かったよ。下手な絶叫マシンよりもっと怖い。お前、いつも陰気な面してるけどさ、自殺とか考えたりすることあんの? もしそうなら、飛び降りだけは絶対にやめとけ。人間、地に足つけんのが大事ってもんだよ。空を飛ぼうなんて、考えるもんじゃない。忠告しとくわ。 ジュンより ジュン  言われなくても、飛び降り自殺なんてしないよ。なんか死体とかぐちゃぐちゃになるらしいじゃん。嫌だよ、そんなの。  自殺した人は地獄に行く、とかなんとか言うよな。お前は今んとこ天国にも地獄にも行ってないみたいだけど、そのおかげで俺は今、お前と文通が出来てる。手紙のやりとりなんて今どき流行らないと思ってたけどな。意思疎通の手段がそれしかないんだからしょうがない。でもこうしてやってみれば、なかなか良いもんだ。  それより、覗きは犯罪だぞ……って、幽霊に言ってもどうしようもないか。見飽きるほど女の裸を見るとか、想像もつかないな。正直、俺には皮肉としか思えない。  永遠に落ち続ける、って体験も、ちょっと俺にはイメージしづらい。でも、お前が言うなら本当なんだろうな。怖かったってのも事実だろ。確かに、何もすがるものがないっていうのは、不安だ。空中に一人取り残されたような気持ち。それなら、俺も分かる。  小説の話なんだけどな。ぶっちゃけると、全く書けてないんだ。なんか、自分の中の小説を書くための部分が、ごっそり無くなったような気がしてさ。原稿を前にしても一文字も書き進められない。少し書いては破り捨ててのくり返しだ。超大作にする、なんて大口叩いといて、何も出来ない自分が情けないよ。  お前には悪いけど、完成はいつになるか分からない。それに未完のまま終わるかもしれない。  お前はきっと退屈してきただろ。少しでも、力になりたかったんだけどな。ごめん。 ヤスオ
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