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【01】
蝉の声が自分の存在を主張している。
鏑木耀平[かぶらき ようへい]は
ウンザリした顔で廊下を進んでいた。
8月20日、
本来なら夏休みを満喫している筈だった。
赤点さえ取っていなければ。
残念ながら耀平はその常連だった。
増して今日の科目は
大の苦手な日本史である。
いつもなら補習中、トイレに籠もり
ソシャゲに勤しむのだが
今はそれも叶わない。
耀平は人気のない廊下を通り
教室の扉を開けた。
いつも通りの時間に、いつも通りの場所、
慣れた光景だった。
「おはよう、鏑木くん」
「……おはよう」
彼女が居ること以外は。
多々良霧月[ただら むつき]が
涼しい顔で座席に座っている。
手に持っているのは文庫本だろうか。
「突っ立ってないで座ったら? 」
「あ、あぁ……」
大人しく彼女の隣に座ったが
脳内では思考が飛び交っていた。
なぜ彼女が居るのか。
多々良とは同じクラスで
学年イチの優等生である。
補習など縁がない筈の人種。
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