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「瑠維くん?」 「いえ、なんでもありません。ちょっと目にゴミが入っただけです。もう取れました」 「本当? 目洗う?」 「いえ、それよりもそろそろ行きましょう。この場所は人が多いですし。先輩こそ、何か食べたいものはありませんか?」 「……実はカレーうどん気分。駅方面の道から一本入ったところにうどん屋さんがあってね、そこのが絶品なんだけど……」 「いいですね。そこにしましょう」  春香は心が弾んだ。食べたいと思っていたものが食べられるというのもあるが、帰り際にあの男性客に会ってしまっても、誰かがそばにいてくれれば不安にならずに済むに違いない。  あの時に彼が強引に押してくれたことに心から感謝した。でなければ、今も一人でとぼとぼと帰路についていたことだろう。  久しぶりに穏やかな気持ちになり、足取りも軽く二人はうどん屋に向かって歩き始めた。  皆が同じ方向へあるいていくので、二人はその人の流れに乗ってグイグイすすんでいく。しかし途中で春香が瑠維の腕を引っ張って、脇道に入った。  そこはメイン通りとは違い、暗闇に飲食店の看板が輝く一角にその店はあった。  ビルの一階部分の昔ながらの雰囲気のうどん屋からは、出汁のいい香りが漂う。春香が引き戸を開けて中へ入ると、瑠維もそれに続いた。  店の中は仕事帰りの会社員たちがひしめき合っており、どちらかといえば一人で来ている人が多く見られる。 「いらっしゃいませー。何名さま?」  レジカウンターにいた割烹着に三角巾姿の六十代くらいの女性が、笑顔で二人を迎えた。 「二人です」 「じゃあ奥の二人席でいい?」 「大丈夫です」  テーブルの間の細い通路を進みながら、壁際の二人席に座る。慣れた手つきでお品書きを開き、瑠維の前に差し出した。 「瑠維くんは何がいい?」 「……そうですね。じゃあ天ぷらうどんとカツ丼で」  それを聞いた春香は驚いたように目を瞬かせる。 「良く食べるね。昔からそうだった?」 「あの頃は剣道やってましたから、むしろもっと食べてました」 「そうなの? そっか……教室にくる瑠維くんしか知らないから、なんか新しい発見みたいで面白いね」  その時、女性が水の入ったグラスをお盆に載せてもってくる。 「お決まりですか?」 「えっと、カレーうどんと、天ぷらうどんと、カツ丼をそれぞれ一つずつお願いします」 「はーい、じゃあお待ちくださいね」  春香がお品書きを閉じると、二人は同時に水のグラスに手を伸ばした。
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