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* * * *  優しくてムードメーカー。誰に対しても分け隔てなく接する彼を、男子は友達として、女子は憧れの存在として見ていたし、みんなから愛されていた。  だから春香も彼の近くに行きたくて、一生懸命努力した。メイクもファッションも運動も、彼のために頑張ったのだ。  その努力が実り、女子の中では一番近くのポジションをゲットしたーーつもりになっていた。  近くにいるからこそ、気付いてしまう現実もあった。不意に博之がある女生徒を見つめている瞬間があるのだ。  ほんの僅かなタイミング。それに気付けるのは博之の一番近くで彼を見ていた春香くらいだろう。  彼の視線の先にいたのは、クラス委員の近藤(こんどう)椿(つばき)。いつも静かに勉強ばかりしている彼女が、春香は嫌いだった。  だって彼女もまた、博之を見つめている瞬間があったから。  二人の間に立っていたからこそ、二人の一方的な片思いと思い込んでいる感情に気付いたのかもしれない。  だけど二人とも何も言おうとしない。いわゆる両片思い。どうせ伝えるつもりがないのなら、そのまま言わなければいい。  卒業式の日。、春香はとうとう彼に告白をした。  返ってきた答えは、 『ごめん』 だった。それからこう続けたのだ。 『花みたいな子なんだ。ちょっとぶっきらぼうなその子のことがずっと気になってて……たぶん好きなんだと思う』  花と聞いてすぐに椿のことだとピンときた。だって花の名前だから。春香は苗字こそ"佐倉(さくら)"だったが、それは偽物の花に過ぎない。  それに彼は椿と話し終えた後にだけ、嬉しそうにガッツポーズをするのだ。  自分にはあんな顔をさせられないし、見せてくれない。本音を言えば悔しかった。  どうして椿はあんなに想われているのに彼の想いに気づかないのだろうか。彼女がきちんと自分の気持ちに向き合えば、欲しい未来が手に入ったはずなのに、あんなに卑屈になるだけで頑張らないのだろう。  だから春香は椿が嫌いだった。  それから大学生になり、たまたま椿のバイト先で再会した時に、今までの想いを彼女にぶちまけたのだ。  ただ春香の想いとは違い、椿も自分に自信が持てずに悩み考えていたことを知り、それ以降は本音で話すことが出来る唯一の友人になった。今では椿以上に好きな友人はいないと豪語するほど、彼女のことが大好きだった。
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