1.誘われる。

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「ええと、なんで、と言われましても……ただ、感じたことをそのまま伝えているだけで。あ、でも、私、食材に詳しくないので、調味料や果物の種類とか、名前がわからないものはたくさんあるかと」  当然のように答えるくるみに、彼は口元に手を寄せると、眉間に皺を刻んだ。  ざっくりと食材を当てることは、そこまで難しくないだろう。しかしくるみは、微量のレモン汁やごま油、無塩バターやマーガリンの違いに、使用している青果の具合まで当てて退けた。  ごく稀にいる、なんの訓練をしなくても、少し口にしただけで、その料理になにが入っているのか、すべて把握してしまう者。  ――神の舌――。  聞いたことはあったが、まさか本当に実際するとは思わなかった。しかも自分の前に、このタイミングで現れるとは、一体なんの導きだろうと、この店のオーナーパティシエは内心唸った。  そして、速やかに次の案を弾き出す。   「歳はいくつだ? 学生か?」 「いえ、学生では、ないです……一応、社会人で」  学生というワードに敏感に反応し、社会人に『一応』をつける。突然俯き加減になるくるみだが、すぐに顔を引き上げる言葉が降ってくる。   「なら話が早い」  彼は先ほどよりも近い距離で、くるみを見下ろしていた。 「うちで働いてくれないか」  形のいい唇が繋げる文字に、理解が及ばないくるみは、茫然と立ち尽くす。 「ハ……? え、あ、あの」 「今の仕事よりいい条件で雇う。住み込みで家賃はいらない」 「いやっ、ちょ、ちょっと待ってください!」  散々流されはしたものの、さすがにここは頷けまいと、くるみは精一杯の声を張り上げた。   次々と更新される新たな誘いに、脳がオーバーヒートして目が回りそうだった。  ――今、この人、私を店に呼んだ? 一緒に働こうって? しかもとんでもなくいい条件で……いや、ないない。そんな上手い話、絶対ない。万が一あったとしても――。  この店の外観や、街並みが思い起こされる。こんなオシャレで日の当たる場所に、自分がいることを想像できなかったくるみは、震える両手でTシャツの裾を握りしめた。 「わ、私、なんかが、こ、こんな、キ、キラキラ、した場所で」 「きらきら?」 「絶対無理です! ごめんなさい――!」  くるみは思いきり頭を下げて体を反転させると、走ってイートインのテーブルに置いたリュックを掴んで店を飛び出した。
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