1.誘われる。

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 すらっと伸びた背に、長い手足、ハンチング帽からやや覗いた黒い前髪の下には、切れ長の目と高い鼻、薄い唇が続いている。他の店員にはない、胸に巻かれたネッカチーフは、ハンチング帽やエプロンと同じボルドーで、斜めにカットされたデザインがオシャレだ。  ――うわぁ、カッコイイ人だなぁ。  くるみが見惚れているうちに、女性店員は頭を下げてショーケースに引き返す。それと入れ替わる形で、長身の青年が近づいてくる。  椅子から立ち上がったままのくるみの傍らで止まった彼は、真摯に目を見て話し始めた。 「うちは午後八時までの営業ですが、常連様に限っては八時半までお取り置きをしております。他のお客様にわかるように、八時には看板を出して、照明を一段落とすんですが――今日はうちの従業員が忘れていたようなので」  彼は数秒、会話の中で間を溜めると、チラッとショーケースに目配せをした。するとそこに立っていた二人の店員が「しまった」と言わんばかりの焦った顔をする。その後一人が急いで厨房の奥に走っていくと、すぐに明かりが落とされた。  照明を操作するボタンを押したのだろう、先ほどの白い光に代わって、控えめなオレンジ色が店内を照らしている。  最初、店員の態度がよそよそしく見えたのは、くるみの外見に嫌悪していたわけではなく、閉店後に入ってきたから戸惑っていただけだった。  いくら店側に不備があったとはいえ、きちんとクローズの看板は出ている。それを確認せずに入ってきた自分が悪い。そう思ったくるみは、今すぐにでも出ていこうとしたが。 「どうぞ、おかけください、今夜は特別です」  黒いクリスタルのような瞳に促されると、くるみはなにも言えず、再び席についた。すると彼は、テーブルに飲み物とおしぼりを置いて去ってゆく。  端麗な容姿に釘付けになって、トレーを持っていることに気づかなかった。透明のグラスの水面には、氷やシュワシュワした泡と一緒にラズベリーが浮かんでいる。  ――こういうお店って、水までオシャレなんだなぁ。  感心しながら、紙おしぼりを開けるくるみ。パステルピンクの包みには店のロゴが入っており、考えた人のこだわりが伝わってくる。  ちょうどくるみが手を拭き終わった頃、優しい足音と香りが近づいてきた。 「お待たせいたしました」  先ほどの声とともに、差し出された広い丸皿。それを見た瞬間、くるみの垂れ目が大きく開かれる。目が合ってしまったのだ。中央にちょこんと鎮座する、丸みで形成された動物と。
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