1.誘われる。

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 くるみが反射的に唇を閉じると、ツルンとスプーンが抜かれ中身だけが残る。口内に広がる甘美な香りと、とろける舌触りにすべてを持っていかれたくるみは、ついつい咀嚼してちゃっかり味わう。こうなってしまっては、感想を述べずにはいられない。 「食べ頃の紫芋に、栗の甘露煮っぽい味がします、ほんのり胡麻の風味で香ばしさもあって、無塩バターのおかげか、くどくない仕上がりになっています」 「……一口でそこまでわかるのか。ならこれは」  くるみの言葉を聞いた彼は、独り言のように呟いたかと思うと、今度は手掴みにしたシュークリームをくるみの口に押しつけた。  ギュッとくっつけられて、最初はもがもがしていたくるみだったが、すぐに観念してはぐはぐとかじり出す。半分ほど食べ進めたところで、シュークリームが離され、口が解放された。 「こ、これは、生地にごま油を使われていますね。サクサクの最後にもっちりした食感が来るのは、マーガリンのおかげでしょうか。甘いカスタードに酸味が強いリンゴはバランスがいいですね」 「ならこれは」 「あ、あの、ちょっとま、ふがっ」 「これはこれはこれは――」  くるみの待ったも聞かず、彼は次々と試作のケーキを突っ込んでゆく。くるみはくるみで戸惑いながらも美味しくいただいてしまうので、しばらくこのやり取りが続いた。  作業台に置かれたケーキがなくなる頃、ようやく彼が手にしたスプーンが止まった。種類にしては五つほど、個数にしてはその倍以上食べてしまった。こんなに美味しい思いをしたことがなかったくるみは、満腹と幸福感でいっぱいだった。 「なんで、そんなに味がわかるんだ?」  スプーンを作業台に置いた彼は、改めてくるみに向き直り、真剣な顔で聞いた。  しかしくるみ本人は、なにをそんなに驚いているのか、さっぱりわからなかった。
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