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くるみが反射的に唇を閉じると、ツルンとスプーンが抜かれ中身だけが残る。口内に広がる甘美な香りと、とろける舌触りにすべてを持っていかれたくるみは、ついつい咀嚼してちゃっかり味わう。こうなってしまっては、感想を述べずにはいられない。
「食べ頃の紫芋に、栗の甘露煮っぽい味がします、ほんのり胡麻の風味で香ばしさもあって、無塩バターのおかげか、くどくない仕上がりになっています」
「……一口でそこまでわかるのか。ならこれは」
くるみの言葉を聞いた彼は、独り言のように呟いたかと思うと、今度は手掴みにしたシュークリームをくるみの口に押しつけた。
ギュッとくっつけられて、最初はもがもがしていたくるみだったが、すぐに観念してはぐはぐとかじり出す。半分ほど食べ進めたところで、シュークリームが離され、口が解放された。
「こ、これは、生地にごま油を使われていますね。サクサクの最後にもっちりした食感が来るのは、マーガリンのおかげでしょうか。甘いカスタードに酸味が強いリンゴはバランスがいいですね」
「ならこれは」
「あ、あの、ちょっとま、ふがっ」
「これはこれはこれは――」
くるみの待ったも聞かず、彼は次々と試作のケーキを突っ込んでゆく。くるみはくるみで戸惑いながらも美味しくいただいてしまうので、しばらくこのやり取りが続いた。
作業台に置かれたケーキがなくなる頃、ようやく彼が手にしたスプーンが止まった。種類にしては五つほど、個数にしてはその倍以上食べてしまった。こんなに美味しい思いをしたことがなかったくるみは、満腹と幸福感でいっぱいだった。
「なんで、そんなに味がわかるんだ?」
スプーンを作業台に置いた彼は、改めてくるみに向き直り、真剣な顔で聞いた。
しかしくるみ本人は、なにをそんなに驚いているのか、さっぱりわからなかった。
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