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百万匹目のシュレーディンガーの猫
毒ガスの匂いを嗅いだことはあるか。
私はある。
君はない。
ないはずだ。
でなければ、ここに君はいないはずだから。
かつて君は百万匹目として、私たちシュレーディンガーの猫に加わった。
――暗転
■■■■■闇■■■■■
■■■■■闇■■■■■
■■■■■闇■■■■■
■■■■■闇■■■■■
■■■■■闇■■■■■
■■■■■闇■■■■■
――わかっていることから整理していこう。
僕は、何も見えない深すぎる暗闇のなか、その暗闇よりもなお深々と沈み込んだ起伏なき感情のままで、そう考えた。
まず――というか、とにかく、僕はシュレーディンガーの猫だ。
それも、どうやら、百万匹目のシュレーディンガーの猫らしい。
僕はシュレーディンガーの猫が、いかにしてシュレーディンガーの猫たるかを十全に理解している。
999,999匹目のシュレーディンガーの猫が、それを教えてくれた。
まもなく、僕は死ぬ。
誰のせいでもない。
もちろん、僕たちのせいでもない。
僕が命を落とすのは、ほかでもない、僕たちがシュレーディンガーの猫だからだ。
そこに理屈はない。
道理もない。
あるのは、シンプルな事実だけ。
僕たちがシュレーディンガーの猫だという、揺るがない事実があるだけだ。
そういった意味で言うのなら、最初に僕たちをシュレーディンガーの猫と呼んだ誰か、ないしは飼い主たるシュレーディンガー氏本人が、僕たちの死の責任を負うべきと、そう言ってもよいのかもしれない。それが、妥当な線なのかもしれない。無難な落とし所なのかもしれない。
けれど、どちらにしたところで、今更だろう。
僕たちは、あまりにも死にすぎた。
あるいは、死ななさすぎた。
曖昧なのだ、生死が。
希薄なのだ、死生が。
僕たちは、生まれながらに死んでいる。
僕たちは、死んだそばから産まれ出る。
すべては、今更だ。
やがて耳が音を拾った。
続けざまに鼻が匂いを嗅いだ。
そして僕は口を開いた。
まだみぬ1,000,001匹目の背中に声をかけるために。
しづかに、しづかに。
999,999匹目のシュレーディンガーの猫が、そうしてくれたみたいに。
しづかに、しづかに。
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