我輩は、ぬいぐるみである。

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我輩は、ぬいぐるみである。

 我輩(わがはい)は、ぬいぐるみである。  名前はまだ、ない。  だって、だれも()うてくれんのだ。  それどころか、我輩と目が合うと逃げていく。  ()せぬ。  ここに。  このファンシーショップのかたすみに。  カワイイぬいぐるみたちに囲まれた、もっとカワイイがメガ盛りマシマシ200%の、凛々(りり)しくてステキな我輩がおるのだぞ?  見よ、この片目を隠した布を。ここのところ流行(はや)りの、ファンタジィとかいう話の登場人物のようであろう? 布の色が赤いのが、ワンポイントであるな。  ちょんまげがほどけて、黒髪が体にかかっているのがセクシィであろう? おっと、武士というもの、(ひたい)は剃り上げているからな、伸びているのはモミアゲの毛である。勘違いせぬようにな。  ほれほれ、手に取るがよい。  ほれほれ、吟味(ぎんみ)せぬか。  ()よう()うてくれぬか。  値下げの赤い金額が見えぬのか?  金額の赤は我の血ではないから、ささ、こちらへ。  1980円なのだぞ?  さあ、遠慮するな。  早く早くぅ!  我輩、怪しくも危なくもないんだからあ!  もう寂しいのはヤなのお!  む、いかん。  言葉遣いが乱れてしもうた。 「おとーさん! 変なお人形さんがいるよ! うさぎさんの横!」  む?  おお!  これはこれは、お目が高い。(おさな)き男の子が父親の手を引っぱって、我輩を指さしておるではないか。  これこれ、我輩は人形ではない。  ぬいぐるみである。  断じて、「呪いの落ち武者人形」などではないっ!  可憐(かれん)でキュートなぬいぐるみなのお!  それはさておき。  幼子のくりくりっとした目。  キラキラの表情。  まるでひな鳥(ヒヨコ)のごとく、さらさらの髪の毛。うっすらと赤い(ほほ)。何とすばらしい、若き命の(かがや)きよ。  さあさ、もっと近くに寄るがよい。  我輩が、()やしをあたえようではないか。  が、指差しは頂けぬな。  呪うぞ。 「んー? ウサギの横? どれどれっ?! お、落ち武者ぁ?!!」 「うん! さっき、笑ってたよ!」  これこれ、父御(ててご)よ。  幼子の前で、そのように怯えた表情を見せるものではない。  あ!逃げちゃヤダ!  待ってえ!  我に、温もりを!  ぎゅうって、してぇ!  …………いなくなりおった。  冷やかしか。  事もあろうに、冷やかしか。  口惜(くちお)しや。  古来より、この胸の内を表すに相応(ふさわ)しき言葉がある。  口、と書いて兄。    そう。  口に、兄と書く。  呪うぞ。  ちなみに、姉上ではいかぬ。  だって涙が出ちゃうもん。  美しく優し微笑んでいた姉上。  ああ、懐かしや。  兄は、いかぬ。すぐに白目をむく人形など、怖すぎるであろう。亰の名だたるお寺に奉納され、今も白目だそうな。    さっさと成仏して下され。 「きゃあ! 何あれ! ぬいぐるみの間に、血だらけっぽい人形?!」 「ほんとだ! やだあああ!」  我を見た瞬間に、しっかと抱き合った若き乙女達。  こそり、こそりと話をしている。    むむ?  おお!  我の魅力に、ようやく気付いたか。  だが。  だが、である。    我の魅力は、これのみではないのだぞ?  よし。  ここが勝負どころ。  このワザを見たらば、乙女達はときめきキュンキュンで我輩を抱きしめるに違いない。  ふふふ、手を伸ばすがよい。抱き寄せるがよい。 「ぎゃー! 首、落ちたぁ!」 「ここ、こここっこ! こっち見てない? …………ぎゃああああ! 転がってきたよぉ! やだやだやだ! やだああああ!!!」  ああ!  逃げないで!  ころ、ころころころ。    呪わないから!  呪わないからぁ!  追いつけぬ!  スピードアップぅ!  ごろごろごろごろ!  ごろごろごろごろ!  あ!  これ!  幼子たちよ!  我輩はサッカーボールじゃないのぉ!  踏むのもやめてえええええ?!    
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