そうだ天国、行こう

1/2
前へ
/2ページ
次へ
 おばあちゃんは旅行が大好きだった。  今は、どこにも行けず病院のベッドで横たわっている。  もう退院することはないと、お父さんが言っていた。  おばあちゃんは家にいた時みたいにいっぱいはしゃべれない。  だけど、時々ぽつりぽつりと私の顔を見てなにか話してくれる。  おばあちゃんの声はすごく聞き取りにくい。  それでも、私はおばあちゃんがなにを言おうとしているのか必死で聞く。  よくわからないけれど、それでも私は頷く。  私もおばあちゃんに話しかける。  私がよく聞き取れないのと同じで、おばあちゃんにもよく聞こえていないかもしれない。  だけど、おばあちゃんも私の言葉に首をゆっくり動かして頷いてくれる。 「ねえ、おばあちゃん」  私はいつものように話しかけた。 「おばあちゃんはいつも旅行に行ってたでしょ? これから行ってみたいところとかある?」  おばあちゃんは大好きな旅行の話をよくしてくれた。  どこどこに行ってすごいものを見たとか、その土地の美味しいものを食べたとか。  私はそんなおばあちゃんの話を聞くのが好きだった。  おばあちゃんも旅行の話をしてくれるときは、いつも楽しそうだった。  だから、もしかしたら、旅行の話をすれば元気になってくれるんじゃないかと思った。  新しく行きたいところの話でもすれば、退院する元気もわいてくるんじゃないかと思った。  おばあちゃんの口がもごもごと動く。 「なに?」  私はおばあちゃんの口元に耳を近づける。 「……そうだ、天国、行こう」  途切れ途切れだったけど、私にははっきり聞こえた。  なんだか、笑ってるみたいな声だった。  おばあちゃんが大好きだって言ってた、CMのフレーズ。  もちろん行き先は天国じゃないけど。  シャレにならないよ、おばあちゃん。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加