柔らかな誘拐

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もうすぐ、今日が終わる。 「なんで、誘拐だったの?」 玄関で靴を履く僕。 「言ったじゃん。キミが消えちゃいそうだったからって。」 僕の後ろに立つ彼女。 「…私が会わなければキミは死ねないって思ってた。でも、今日のキミは違って見えたから。普通に会ったら死んじゃうでしょ?」 否定も、肯定も出来ない。何も答えられなかった。 「でも、もしキミが本当に死ぬ時は」 靴を履き終えて振り返った。 「ちゃんと私も誘ってね。」 そう言って彼女はニコリと笑う。今日初めて見る、どこかあどけない笑顔だった。 「私以外と死なないで。」 彼女の言葉を聞き終えた瞬間、2人同時にフッと笑ってしまう。 「…どんな約束。」 「ほんとにね。」 玄関の扉を開けると、外は真っ暗だった。 「じゃあ、誘拐はおしまい。」 あっさりと、誘拐は終わりを迎える。玄関の外に出て外のドアノブに手を掛けた。目が合った彼女に何か言おうと思ったけれど、何も言葉が浮かばなかった。死にたかった僕は彼女に約束を破られ、簡単には死ねない約束をさせられた。‘ありがとう’も違う。僕は彼女に感謝なんてしていない。‘またね’も違う。2度と彼女とは会わない方が良い。…なんて思ってしまった時点で、僕は今日死ぬことは出来ない。明日もきっと、死ねない。  結局何も言えずに扉を閉めた。暗くて細い路地を抜けて駅前の通りに出る。夕方より人通りは減っていた。  ポケットの中のスマホを取り出す。彼女が電源を切ったままのスマホ。そっと電源ボタンに手を伸ばし、長押しする。明るくなった画面には、信じられないほどの着信履歴があった。履歴をタップしようとした瞬間、電話が掛かってきた。 「…もしもし。」 電話を取ると、耳元で大きな声が響く。 「…うん、ごめん。今から帰るから。」 今日は、今は、電話の向こうの声がなんだかいつもと違って聞こえた。それはきっと、良くも悪くも彼女に誘拐されたせいなんじゃないかと思う。  電話を切って、画面が変わる。表示された時刻を見て、大きく息を吸って、吐いた。 あぁ、今日が終わった。
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