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「けほっ、ごほっ……すみません。こんなになっちゃって」
雨の森。洞窟。
ナズナは咳き込みながら横になっていた。
昨日大雨に打たれたのが原因だろうか。
セリは外の様子を確認しながら、ナズナの隣にいた。
「……どうだ」
「ごめんなさい、割と辛いです……放っておけば治ると思ったんですが……」
近くに郷は見当たらない。
幸いなことに蟲の気配もなく、この場所は安全だった。
しかしこのまま洞窟にいても回復の見込みは薄いだろう。
毛布や布で体を温めてはいるが、決して良い環境とはいえない。
「ヒトの部分がやられたんでしょうか……いつもならすぐ治るのに……」
食事は水で済ませているが、明らかにナズナは弱っていた。
今朝からは熱も出ている。
傷を負って倒れたことは何度もある。だが病気は久々だった。
「もしこのままだったら、置いていって構いませんので……」
「そうか」
セリはそう言って立ち上がった。
「あ、もう行きます……? 」
「郷を探してくる。近場に無ければゴギョウを連れてくる」
「あはは……駄目ですよセリ。どっちも無理ですよ」
ナズナは力無く笑って、激しく咳き込んだ。
「ちょっときついので、寝ますね……眠れれば、ですが」
「……暫くしたら起きろ」
「あはは、どうでしょう……」
「もし」
洞窟の中に何かが入ってきた。
セリは咄嗟にナイフを抜き、ナズナの前に立つ。
声の主は穏やかだったが、セリは油断せず距離を取る。
「お困りですか。特にそちらのお嬢さん」
若い男だった。
薄紫の袴を纏った美しい顔立ち。
頭には袴と同じ色の学帽。雨に濡れ、澄んだ雫が垂れる。
「……誰だ」
「キキョウと申します。永遠の命を求め彷徨う、旅の医者にございます」
曇り空。暗い洞窟の中で、紫の瞳が仄かに光った。
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