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「セリ遅いですよー。もう始まっちゃいますよー」
賑わう人混みの中で、さっぱりした明るい声が響いた。
その声に導かれるように、男は芝生の上を歩いていく。
両手には良い香りのする袋が沢山。一人で持てる限界に近い量。
「……少しは手伝え」
「私は場所取りという仕事をしてるんですっ。私がいなかったら、こんないい場所には座れませんでしたよっ」
一人は長身の男だった。黒いジャケットに白いシャツ。ベルトの片側には大振りのナイフが掛けられていて、どこか剣呑な雰囲気を醸し出していた。
もう一人は細身の少女だった。男とは対照的な白いブラウスに動きやすそうな黒のズボン。透き通った緑、薄手のコートを身に纏い、肩から小さなポシェットを提げている。
「花火なんて何年ぶりですかね。偶然この郷に着いて良かったです」
「……」
セリと呼ばれた男は質問には答えず、無言で袋の中身を出した。
茶色いソースを絡めて炒めた麺に、小麦粉を溶いて球状に焼いた料理。
果実に飴をかけて固めた菓子に、串に刺して炭火で焼いた鶏肉。
「わっ、久々にまともなご飯……‼︎ やっぱりお腹に溜まるものはいいですね。今の身体になって、一番の幸せはこれですよ」
「……肥えるぞ。ナズナ」
「セリ。職人さんにお願いして、一緒に打ち上げてあげましょうか? 」
ナズナと呼ばれた少女は、脇目も振らずに料理を貪り始めた。
その様子を横目に、セリは芝生の上に寝転ぶ。
「ちょっとセリっ‼︎ 今から始まるのに、寝るなんて駄目ですよっ? 」
「……疲れた。終わったら起こせ」
「ふんっ。花火っていうのは凄い光と音が出るんですよ。そんな中でぐーぐー寝られるもんですかっ」
「……昔、戦地のど真ん中で寝ただろう」
「あの時私寝れなかったんですよ⁉︎ だから地面に根っこ張って、無理やり体力削って意識飛ばして……って、駄目ですねこりゃ」
ナズナが言い終わった頃にはもう、セリの目は閉じていた。
なんだこいつ。無理やり叩き起こそうかな。
ナズナは一瞬そう考えたものの、「面倒だからいいや」と結論づけた。
「わー凄い綺麗ですよっ‼︎ ここまで来て見ないなんて、セリったら人生の半分。いや四分の三くらい損してますねー。勿体無いなー。うわー、このお菓子すっごくおいしー。蜂蜜よりもずっと甘ーい。食べちゃったからもう無ーい」
しかし放っておくのも癪なので。
打ち上がっている間はずっと、諸々の感想をセリの隣で呟いていた。
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