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その郷を訪れたのは数年ぶりだった。
猫に支配された郷があるなら、犬を愛でる郷があるのも不思議ではない。
相変わらず人々は犬を連れていた。多くはこの地域特有の、白い毛玉のような品種。ふわふわの毛皮が愛くるしく、高い所から落ちても弾むという奇妙な特性をもっている。
「そろそろ犬を飼ったらどうだい? 番犬にもなるし、匂いを辿ってものを探すことも出来る。鳥や獣だって捕まえられるし。旅にも便利だと思うけどなぁ」
馴れ馴れしい犬売りが告げたが、このまんまるにそこまでの高度な技能があるとは思えない。
番犬にしても蹴っ飛ばされて弾むのが落ちだろうし、匂いを辿った挙句迷子になる未来しか見えない。鳥や獣に襲い掛かっても、一撃で吹き飛ばされて負けるのが相場だろう。
「さっきも君みたいな不思議な人に会ったよ。犬を勧めてみたけど断られちゃった。やっぱり旅の人には、ペットはいらないのかなぁ」
概ね殆どの住人に犬を売ってしまい、郷の中で需要が無くなったのだろう。
ペットフードや犬用の服、トリミングなどで商売は続けられるものの、やはり主要な商品が売れないのは堪えるのかもしれない。
とはいえ旅人に勧めるのは検討外れだ。自分達ならまだしも、普通の人間の旅に犬は負担でしかない。「可愛い」という付加価値を踏まえても。
「気が向いたらまた来てよ。君がこの郷に来るのも四度目だろ。五回目には犬が欲しくなるかもしれない。それを気長に待つさ」
自分を覚えていてくれたこと。
それがこの軽薄な男の、数少ない評価できる点だった。
「そうそう。分かっていると思うけど、郷長には気を付けてよ。この前からその……ますます参ったことになっちゃったからさ」
彼の助言は、この郷の滞在で大いに役に立つことになった。
故に今は思う。この軽薄な男は良い人間だったと。
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