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人々の暮らしは良くなっていなかった。
畑で採れた作物と育てた鶏。それらを犬と分け合う生活。
元々小柄な犬は然程の食事を必要としないが、それでも人間の食糧すら節制している状況下では、犬に与える分も少なくない負担だった。
「滅多なことを言うもんじゃないよ」
道端にいた老婆が小さく呻いた。
「昔からそうさ。この郷があった場所には、昔邪悪な蟲がいたんだ。あたし達のご先祖様は棲家がなくて大層困っていた。そこに白く光る大きなお犬様が現れて、蟲を追い出して下さった。この郷にいるのは、みんな彼の子孫なのさ」
虚言か事実に基づく御伽話か。それとも事実か。
ヒトより長く生きた自分ではあるが、古の時代のことまでは分からない。
「しっかし最近の若者はなっとらんよ。お犬様への感謝を忘れてかわいいかわいいと。あたしの若い頃はね。もっと彼らを敬って大切に……」
郷の問題の要因は、大きく分けてふたつある。
ひとつは蟲や賊などの外的な要因。
これは相手を始末すればいいから比較的簡単で、自分が得意な方。
もうひとつは内政や文化、伝統的な問題。
これははっきり言って解決の仕様がない。関わるだけ危険なだけだ。
「やぁやぁ、あなたが噂の根なし草さんですな。聞く所によると何度も我が郷に来ていたとか。言って頂ければ歓迎したのに勿体無い」
排気の重い音が響き、犬を連れた男が車から降りてきた。
発言から汲み取るに郷長だ。歓迎を受けるのは悪くないが、軽薄な犬売りの助言もある。彼には近付かない方が良いと、自分の勘も言っている。
「さ、豪華なお食事をご用意しました。ぜひ我が家へ」
前言撤回。貰えるものだけもらって、さっさと去るのが吉だ。
ーーーーーー
「我が郷では古くから犬を大切にしています。我々には死ぬと遺体を犬に捧げる習わしがありましてな。彼らのお腹を満たすと同時に、我々の魂も犬に宿り、永遠に生き続けると言われているのですぞ」
元々自分も蟲に齧られていた身だ。
別の生き物に食されることを不快には思わない。
そう思いながら、目の前の焼いた鳥の遺体に歯を立てた。
「しかしですな。世代毎の価値観の違いと言いますか、多様性と言いますか。我が郷の崇高なる伝統を、懐疑的に見る若者もいるのですよ」
風向きが変わった。
こちらが口に肉を突っ込んでいる間に話を変えるとは、賢しい男だ。
「実は数日前、私の命を狙うような脅迫が来ましてな。見たところ貴女は随分と腕が立ちそうだ。もし可能ならば、数日ほど護衛を頼んでもいいですかな」
擬似餌を飲んだ魚がどうなるか。
自分では分かっている筈なのだが、毎度この手段で引っ掛かるのだった。
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