【第3花】ナデシコ

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 寝室を共にするのは気が引けたので、屋敷の外をぶらつく。  何も護衛は私だけではない。仮にも郷長。警備のものはそれなりにいる。  植物の身でも睡眠は欲しいのだが、一晩くらいはなんとかなる。  故に気晴らしと警戒を兼ねて、こうして夜の庭を歩いている訳だ。  ーーハッハッハッハッーー  郷長の犬がついてきている。  一応こいつも「警備員」の一人らしいが、はなから期待していない。 ーーハッハッハッハッハーー  唯一役に立ちそうなのは、屋根から飛び降りても平気な弾力。  ぽよんと数回はずみ、何事もなかったかのように平然としている。  どういう理屈なのか見当もつかないが、世界は広いのだ。少なくとも「人と同じように動いて喋る植物」よりは現実的だと納得した。 ーーわんーー  犬が鳴いた。  可愛らしい吠え声だった。 ーーわんっ。わんっーー  前言撤回。こいつはなかなか優秀だ。  庭に生えた木々の間に何かが潜んでいる。  賊にしては不用心だが、対処が楽なのは悪いことではない。 ーーわんわんっーー  声が可愛いのでまるで威嚇に聞こえないが、犬は頑張る。  そんな彼の努力に応えるように、自分は刀に手を掛けた。 「悪く思うな。生死は問わぬようじゃからの」  一閃。  暗闇に走った軌跡が木々を薙ぐ。  再び刃が鞘に収まると、木々はまるで紙のようにはらりと切断された。 「……ぬ」  両断された木々。その間に潜んでいた人影。  数秒経てば人体も真っ二つ……と思ったのだが、中々人影は倒れない。 「あなや。暫く手入れを怠っていたからのぉ。店の主人に顔向けできんぞ……それとも或いは。あの刃は同じ店の生まれか? 」  暗闇で顔は見えないが、影は大振りのナイフを手にしていた。  夜闇の中でも鈍く光る銀色の刃。自分の刀とよく似た造り。 「ツタヤシロの品を預かるには些か青いのう。わしの刃を防いだのは褒めてやるが、潜入の腕はまだまだじゃ」  影は何も言わない。片手に握ったナイフを構えたまま動かない。 「じゃがあの主人が見誤るとも思えぬ。わしの勘も、そちを強者(つわもの)だと言っておる。となれば考えうるのは……」  振り向かず、背後に鞘に入ったままの刀を突き出す。  硬い音が鳴って腕に振動が伝わる。軽い。だが狙いは悪くない。 「……そちは囮。本命は後ろか」  振り向きざまに鞘で殴り付けようとしたが、身軽な動きで躱される。  背後にいた賊はまたしても暗闇と草木に隠れ、視界から消えた。 「全く小賢しい。のう、まんまる」  声がしない。先ほどまで元気に吠えていたのに。 「……あっ」  暗闇からナイフを持った影が飛び出した。  微かに月の光に照らされた腕の中には、あのまんまる犬がいた。 ーーわんわんわんーー  情けない声を上げるものの、抵抗や攻撃といった概念がないのだろう。  犬はすっぽりと腕に収まったまま、庭の外に連れ去られてしまった。 「……はてさて。これはどうしたものか」  護衛とは対象を守ること。今回は郷長を守ることには成功した。  代わりに対象が「命より大切にしている」と曰うものを奪われた。  この場合報酬はどうなるのだろう。減額、半額、下手すれば弁償。 「わしもこのまま逃げようかのう。一番面倒が少ない気がする」  しかし気に食わないとは言え、宿と飯の恩がある。  いざとなったら郷長を人質にして逃げよう。  そんな物騒なことを考えながら、ナデシコは報告に向かうのだった。
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