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寝室を共にするのは気が引けたので、屋敷の外をぶらつく。
何も護衛は私だけではない。仮にも郷長。警備のものはそれなりにいる。
植物の身でも睡眠は欲しいのだが、一晩くらいはなんとかなる。
故に気晴らしと警戒を兼ねて、こうして夜の庭を歩いている訳だ。
ーーハッハッハッハッーー
郷長の犬がついてきている。
一応こいつも「警備員」の一人らしいが、はなから期待していない。
ーーハッハッハッハッハーー
唯一役に立ちそうなのは、屋根から飛び降りても平気な弾力。
ぽよんと数回はずみ、何事もなかったかのように平然としている。
どういう理屈なのか見当もつかないが、世界は広いのだ。少なくとも「人と同じように動いて喋る植物」よりは現実的だと納得した。
ーーわんーー
犬が鳴いた。
可愛らしい吠え声だった。
ーーわんっ。わんっーー
前言撤回。こいつはなかなか優秀だ。
庭に生えた木々の間に何かが潜んでいる。
賊にしては不用心だが、対処が楽なのは悪いことではない。
ーーわんわんっーー
声が可愛いのでまるで威嚇に聞こえないが、犬は頑張る。
そんな彼の努力に応えるように、自分は刀に手を掛けた。
「悪く思うな。生死は問わぬようじゃからの」
一閃。
暗闇に走った軌跡が木々を薙ぐ。
再び刃が鞘に収まると、木々はまるで紙のようにはらりと切断された。
「……ぬ」
両断された木々。その間に潜んでいた人影。
数秒経てば人体も真っ二つ……と思ったのだが、中々人影は倒れない。
「あなや。暫く手入れを怠っていたからのぉ。店の主人に顔向けできんぞ……それとも或いは。あの刃は同じ店の生まれか? 」
暗闇で顔は見えないが、影は大振りのナイフを手にしていた。
夜闇の中でも鈍く光る銀色の刃。自分の刀とよく似た造り。
「ツタヤシロの品を預かるには些か青いのう。わしの刃を防いだのは褒めてやるが、潜入の腕はまだまだじゃ」
影は何も言わない。片手に握ったナイフを構えたまま動かない。
「じゃがあの主人が見誤るとも思えぬ。わしの勘も、そちを強者だと言っておる。となれば考えうるのは……」
振り向かず、背後に鞘に入ったままの刀を突き出す。
硬い音が鳴って腕に振動が伝わる。軽い。だが狙いは悪くない。
「……そちは囮。本命は後ろか」
振り向きざまに鞘で殴り付けようとしたが、身軽な動きで躱される。
背後にいた賊はまたしても暗闇と草木に隠れ、視界から消えた。
「全く小賢しい。のう、まんまる」
声がしない。先ほどまで元気に吠えていたのに。
「……あっ」
暗闇からナイフを持った影が飛び出した。
微かに月の光に照らされた腕の中には、あのまんまる犬がいた。
ーーわんわんわんーー
情けない声を上げるものの、抵抗や攻撃といった概念がないのだろう。
犬はすっぽりと腕に収まったまま、庭の外に連れ去られてしまった。
「……はてさて。これはどうしたものか」
護衛とは対象を守ること。今回は郷長を守ることには成功した。
代わりに対象が「命より大切にしている」と曰うものを奪われた。
この場合報酬はどうなるのだろう。減額、半額、下手すれば弁償。
「わしもこのまま逃げようかのう。一番面倒が少ない気がする」
しかし気に食わないとは言え、宿と飯の恩がある。
いざとなったら郷長を人質にして逃げよう。
そんな物騒なことを考えながら、ナデシコは報告に向かうのだった。
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