【第3花】ナデシコ

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「久々に良い運動になった。感謝するぞ」  白いまんまるが舌を出して息をする。  澄んだ河原の水は夕焼けに染まり、淡い紅色に染まっていた。 「結構……キツかったんですけど……? 」 「わしに苦労するようでは長くないのぉ。筋は良いのじゃが」  目の前に立つ女は、そう言って刀を鞘にしまった。  名乗りはしなかったが、彼女のことはなんとなく分かった。  郷長の庭で、一撃で木々を切った奴だろう。腕の痺れがそう語っている。 「……何者だ」 「旅の者じゃ。その犬を連れた者の行方が、ちと気になっただけのな」  何故こんな山奥まで追いかけてきたのか。  まるで見当がつかないが、目の前の彼女は下手に踏み込み難い雰囲気を放っている。  余計なことはしない方がいい。セリはそう悟った。 「してセリにナズナ。その犬はどうする」 「どこかの郷に預けます。ずっと連れてはいけないので」 「そうかそれが良い。のぅ、まんまる」  犬は「いぬ」と鳴いた。  変わった犬もいるものだと思ったが、植物が喋る時点で相当変わっている。   「良い飼い主に出会うのだぞ。では失礼」  女が腰を上げ、川の流れに沿って歩いていく。  その後ろを、白いまんまるがとことこ続いていく。 「おぉどうした。わしと共に来ても良いことはないぞ」  犬はわんと鳴いた。そのまま着いていく。 「生意気なまんまるじゃ。ほれ。これ以上はぶつぞ」  刀を振り上げて脅すが、犬は表情ひとつ変えずに着いてくる。   「セリにナズナ。そなたらもこのまんまるを止めぬか」 「……荷物が減るならそれが良い」 「着いて行きたいなら、それで良いんじゃないですか? 」  女は「薄情な」とぼやくが、流石に犬をぶつつもりはないようだ。  呆れたように溜息。そして屈み、犬と目線を合わせる。 「……やむなし。着いてきても良いが面倒は見ぬ」 「いぬ」 「その鳴き声が気に食わん。そちは『わん』と言えぬ訳ではないのだろう。来るならわん一択じゃ。いぬではいかん」 「……わん」  微妙な間の後、犬は従った。  刀を持った奇妙な少女とまんまるの犬。  後に彼女たちは、良くも悪くも沢山の郷で歴史に名を残した。無論この時、それを予想していたものは誰もいない。 「変なヒトでしたね」 「……」 「あれっ、セリどうしました? 」  セリは手にしたナイフをじっと見つめた。  それから東の空をちらと見て歩き出した。 「……行くぞ」 「えっ、もしかしてセリ、行きたいところがあるんですか⁉︎ わぁっ、何年ぶりだろ、セリから提案されるの……どこですどこです? 」 「……ツタヤシロ」 「あ、修理ですか」  ナズナはつまらなそうに言いながらも、なんだかんだと着いていく。その顔はどこか朗らかだった。 「……どうした」 「いや、いつも修理って凄い時間掛かるじゃないですか。だから一人で、街の中でいっぱい遊べるなぁって」 「……気楽だな」 「何かいいました? 」 「別に」  今回はケーキにしようかな。  それともドーナツにしようかな。 「修理」の事を何も知らず、今回の報酬の使い道を考えナズナ。それを横目にしながら、セリは足を進めるのだった。
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