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「久々に良い運動になった。感謝するぞ」
白いまんまるが舌を出して息をする。
澄んだ河原の水は夕焼けに染まり、淡い紅色に染まっていた。
「結構……キツかったんですけど……? 」
「わしに苦労するようでは長くないのぉ。筋は良いのじゃが」
目の前に立つ女は、そう言って刀を鞘にしまった。
名乗りはしなかったが、彼女のことはなんとなく分かった。
郷長の庭で、一撃で木々を切った奴だろう。腕の痺れがそう語っている。
「……何者だ」
「旅の者じゃ。その犬を連れた者の行方が、ちと気になっただけのな」
何故こんな山奥まで追いかけてきたのか。
まるで見当がつかないが、目の前の彼女は下手に踏み込み難い雰囲気を放っている。
余計なことはしない方がいい。セリはそう悟った。
「してセリにナズナ。その犬はどうする」
「どこかの郷に預けます。ずっと連れてはいけないので」
「そうかそれが良い。のぅ、まんまる」
犬は「いぬ」と鳴いた。
変わった犬もいるものだと思ったが、植物が喋る時点で相当変わっている。
「良い飼い主に出会うのだぞ。では失礼」
女が腰を上げ、川の流れに沿って歩いていく。
その後ろを、白いまんまるがとことこ続いていく。
「おぉどうした。わしと共に来ても良いことはないぞ」
犬はわんと鳴いた。そのまま着いていく。
「生意気なまんまるじゃ。ほれ。これ以上はぶつぞ」
刀を振り上げて脅すが、犬は表情ひとつ変えずに着いてくる。
「セリにナズナ。そなたらもこのまんまるを止めぬか」
「……荷物が減るならそれが良い」
「着いて行きたいなら、それで良いんじゃないですか? 」
女は「薄情な」とぼやくが、流石に犬をぶつつもりはないようだ。
呆れたように溜息。そして屈み、犬と目線を合わせる。
「……やむなし。着いてきても良いが面倒は見ぬ」
「いぬ」
「その鳴き声が気に食わん。そちは『わん』と言えぬ訳ではないのだろう。来るならわん一択じゃ。いぬではいかん」
「……わん」
微妙な間の後、犬は従った。
刀を持った奇妙な少女とまんまるの犬。
後に彼女たちは、良くも悪くも沢山の郷で歴史に名を残した。無論この時、それを予想していたものは誰もいない。
「変なヒトでしたね」
「……」
「あれっ、セリどうしました? 」
セリは手にしたナイフをじっと見つめた。
それから東の空をちらと見て歩き出した。
「……行くぞ」
「えっ、もしかしてセリ、行きたいところがあるんですか⁉︎ わぁっ、何年ぶりだろ、セリから提案されるの……どこですどこです? 」
「……ツタヤシロ」
「あ、修理ですか」
ナズナはつまらなそうに言いながらも、なんだかんだと着いていく。その顔はどこか朗らかだった。
「……どうした」
「いや、いつも修理って凄い時間掛かるじゃないですか。だから一人で、街の中でいっぱい遊べるなぁって」
「……気楽だな」
「何かいいました? 」
「別に」
今回はケーキにしようかな。
それともドーナツにしようかな。
「修理」の事を何も知らず、今回の報酬の使い道を考えナズナ。それを横目にしながら、セリは足を進めるのだった。
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