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奥村は声を荒らげる訳ではないが、淡々と亜由美の前に立っていた女性社員に向かって話す。
「一箇所訂正するとすべてを訂正しなくてはいけない。あなたが受けるの? それならそのように課長に言います」
それは非常に手間のかかる作業だ。この女性社員が対応するとはとても思えなかった。
奥村は真っすぐにそう言い切って、静かに見つめ返す。その言葉を聞いて、女性はぐっと黙った。
亜由美は二年目の社員だが、奥村の社歴は十年を超えている。
亜由美に文句を言っていた社員よりも、ずっと先輩なのだ。見た目は若く見えるけれども。
「それは、いいです」
「杉原さんは私が指導社員なので言いたいことがあるなら、私に言ってくださいね」
きっぱりとそう言う奥村に、女性社員は「すみませんでした」と言って席に戻っていった。
「全く……」
隣の席から大きなため息が聞こえて、亜由美は「申し訳ありませんでした」と声をかける。
「どうして? 杉原さんは悪くないわよ。指導の通りにやってくれてる。通達は出してもらっているんだけど、なかなかね……こちらこそごめんなさいね、席にいない間に嫌な思いをさせてしまって」
奥村は先輩として尊敬できる。本当はとても怖かった。
つい目元が熱くなってしまったけれど一生懸命それを我慢して、亜由美は首を横に振った。
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