そうだ、異世界へ行こう

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「そうだ、異世界へ行こう」  そう呟いたのはバス待ちしている俺の隣に立っていた少年だ。同じくバス待ちしていたらしい少年は、着崩した制服姿で、スクール鞄を肩から下げていた。髪は朝の日射しを反射してキラキラと輝いている。脱色してるのか染めてあるのか、地毛なのか。  ……は? 異世界って言ったか、この小僧……。  ようやく頭が追い付いて来た。この高校生らしき少年は、はっきりと「異世界」と言ったのだ。  俺は自分が読んでいた本に目を落とした。最近人気のライトノベルで、よくある異世界転生ものである。毎日の仕事に追われ、趣味らしい趣味を持たない俺にとって、唯一の癒しだ。現実にはないとわかっていても、いつか俺の身にも降り注いでくれるのではないかと密かに期待しているのも事実であったりする。だが。  さすがに、それを本気にするほど無知でも純粋でもない。そんな年齢もとうに過ぎた。  少年は相変わらず前を見据えている。俺の聞き間違いだったのだろうか。  なんだかからかわれたような気分になり、持っていた本を鞄に戻した。もうすぐバスも到着するだろう。 「!!??」  ゆらり、と少年が動いた。いや、動いたというより前のめりに倒れ込んだと言った方が近い。バスが来る。少年がこちらを向いた。いたずらっ子のような笑みを浮かべている。周囲の音が消えた。全てがスローモーションのように感じたその時。  けたたましいブレーキ音が鳴り響いた。  次第に、周囲のざわめきが耳に戻って来た。心臓は早鐘のように打ち付け、冷汗がドッと流れ落ちた。体温は高いはずなのに、手足が異様に冷たい。 「大丈夫か!」 「救急車!」 「警察!!!」  周囲の大人たちが対応している間、俺は倒れ込んだ少年から目を離せなかった。  死んだのか? 少年は、死んで、異世界へ行ったのか……?  そんなことあるバズないと思いながらも、考えずにはいられなかった。少年はこの世界に見切りをつけ、自ら望んで異世界へ言ったのだと。
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