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安心したら力が抜けてしまいました。
ベッドに倒れ込むと、アレクサンダーが上掛けを掛け直してくれました。
このひと別人じゃないですよね。
「料理人にかゆを作らせるから、大人しく寝ていろ」
「え、りょうり、にん? 使用人はいないはずじゃ」
「お前、あの森から帰って10日以上眠っていたんだぞ。その間に父上を呼んで魔法が解けたことを話したし、本邸から使用人を呼んだ」
「……私、そんなに長く寝込んでいたんですか……」
衝撃の事実です。
頭の中で日付をカウントして、思い至りました。
「ていうことは、もうすぐ約束の30日になるんですか」
「今日が30日目だ」
寝込んで30日目が終わろうとしているって、なんてなんていうか残念ですね。
なんだかんだいって、口が悪いオオカミと口げんかする日々は楽しかったんです。
「それでは、私は出ていかなければなりませんね。約束通り離婚届を出しますので、貴族令嬢からいい人をみつけてきちんと再婚して、領地を良き方向に運営してください」
体が辛いので寝転がったまま会釈するの、申し訳ないですが、最後の挨拶をします。
「しなくていい」
「はい?」
「……考えたんだ。お高くとまった貴族の娘より、自然体のお前の方が気楽だと」
「褒めてんですか、それとも貶してんですか」
やっぱり人間になっても性格の悪さまでは直りませんか。
アレクサンダーは視線をさまよわせて、深呼吸してから私を見ます。
「離婚はしない。お前はこの先もリリア・オズウェルでいればいい」
「バカなんじゃないですか」
「バカとは何だ」
離婚しない、つまりそれって紙の上だけでなく、ちゃんと夫婦になるってことでしょう。
バカとしか言いようがありません。
私、仕方なく、誰でもいいからって理由で決まった嫁ですよ。
急場しのぎの嫁(仮)を本妻にするって何考えてんですかこの人。
「私、貴族のしきたりとか振る舞いとか何も分かりませんよ」
「教育係をつければいい」
「堅苦しいの嫌いだから、夜会は出ませんよ」
「商人の娘だろうが。取引相手増やすつもりで出ろ」
「……ぬぬぬぬ」
ここに来た日は大嫌いでどうしようもなく殴りたかったのに、今求婚みたいなことを言われてちょっと嬉しい私がいるのが悔しいです。
「お前が離婚したいと言っても、もう紙は破り捨てたから無い」
「私、傲慢な人はキライなんですよ」
「けっこうだ。俺は生まれてこの方そういう性格だからな。好かれるために自分を曲げてこびようなんて思わん」
ここまで我が強いといっそすがすがしいです。
「逃げられないよう、お前の体調が戻ったらきちんと披露宴をするから覚悟しておけよ」
「……しかたないですね。そこまで言うなら、この先もおつきあいしますよ」
こうして、魔法を解くために契約した30日は終わり、私は本当の意味でアレクサンダーの妻となりました。
熱が下がってから、家族に事情を説明する手紙を送りました。
もう呪いが解けているので、アレクサンダーの許可を得て、隠していた事情も記します。
アレクサンダーは10年ぶりに公の場に姿を現し、雲隠れしていた事情も包み隠さず公表しました。
貴族の皆様、アレクサンダーがオオカミにされていたことに驚きしたが、嫁が庶民の私だってことに一番驚いたみたいです。ですよね、驚きますよね。
なにはともあれ、私は回復してからドレスをしたててもらい、入籍から3ヶ月後。
年が明けた良き日に、披露宴と相成りました。
出会った日にはオオカミだった旦那様と、こんな風に挙式をするなんて想像もつきませんでした。
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