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名ばかりの花嫁と、呪われた子爵令息
私はリリア。商人の娘です。
今日、名前しか知らない人の元に嫁ぎます。
私が住むトナリ王国オズウェル領を管理する子爵のご子息……アレクサンダー・オズウェル様の妻になるのです。
しかも、結婚式はなし、披露宴もなし。婚姻届にサインするだけという、貴族への嫁入りとは思えない形です。
傍若無人、親が領主なのを良いことにわがまま放題。アレクサンダー様専属の使用人は一年持たず辞めるともっぱらの噂です。
根も葉もない噂であったなら、アレクサンダー様は今頃とっくに結婚してお子様にも恵まれていたはずです。
18歳を境に王家主催の夜会にも出なくなり、28歳になる今でも未婚。
トナリ王国では多くの貴族が20歳までには結婚しているので、人間性に難ありだから結婚できないという噂が加速する一方。
そして祖父の代から取引がある庶民の商家に話が舞い込んだのです。
アレクサンダー様からの手紙には、【三人いる娘のうち、だれでもいいから一人嫁によこせ。断ったら二度とオズウェル領で仕事できないと思え】と書かれています。
「私が行きます」
手紙をテーブルに叩きつけて宣言すると、父さんと母さん、ルル姉さんと妹のララが悲壮な声をあげました。
父さんは青ざめたまま、私の両肩を掴みます。
「何を言い出すんだリリア。お前はうちの大事な娘だ。差し出せるわけないだろう。リリアだけじゃない。ルルとララも」
「ルル姉さんは幼なじみのエリックさんという恋人がいるし、ララはまだ13歳。そして何より、愛しい二人をひどい人のもとになんてやれません!」
私はありふれた黒髪、青い瞳。胸が平らな寸胴鍋体型。
門前払いされかねませんが、娘には違いありませんからね。
三人のうち誰でもいいって言ったのはアレクサンダー様なので妥協してもらいます。
「やめて、リリア。商売なら別の土地に行ってもできるから。可愛い娘を横暴な人間の元にやりたくないわ」
「だからよ、母さん。うちが断ればきっと、制裁を加えられた上で他の家に話が行くわ。そんなの見過ごせない」
姉さんもララも、
「行っちゃだめリリア」
「だめだよリリ姉!」
と口々に言ってくれましたが、私は嫁ぐと決めました。
断ればきっと本当にオズウェル領で商売ができなくなるし、その上他の誰かがこの理不尽な要求を押しつけられるでしょう。
それに──
アレクサンダー様に、一言もの申してやりたい。
いえ、ひとことでは足りない。これでもかってくらい文句を言ってやります。
せっかくなら往復ビンタと跳び蹴りもかましましょう。
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