美味しい広島焼きの秘密

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ズドガア〜ン!!!  夏の終わり、熊野大花火大会の看板、三尺玉が海上に大輪の花を咲かせた。獅子巌のこだまが全身に響く。すごいわ。  約2万人の観客たちの興奮がまだ冷めない中、私は娘におトイレに行ってくると、静かに席を立ちました。 「ママ、行ってらっしゃい。迷子にならないでね。何かあったら、LINEしてね。」  娘は無邪気に見送ってくれた。  おトイレは、嘘なのよね。実は、娘から先ほど聞いた話しが気になっていたから。  高校一年生の娘は一緒に花火を見に行く彼氏さんもいない上、色気より食い気とばかりに、屋台を見に行ったとか。  ベビーカステラ、たこ焼き、唐揚げ、イカ焼き、焼きとうもろこし、焼きそばと、これでもかって屋台が並んでいて、どれにしようか悩みに悩んでいたそうよ。まったく、子どもよね。可愛いわ。  そうしているうち、自分を見つめる、いや、そんなもんじゃない、熱い燃えるような眼差しの中年の広島焼き屋のオヤジがいたと言うのよ。    まあ、親馬鹿と言われるけど、娘は私に似て美少女かな。顔面偏差値は、かなり高い。  中学生時代、修学旅行で友達と原宿を歩いていたら、芸能事務所のスカウトマンから名刺をもらったくらいだもんね。私でも知っている大手の事務所よ。  その話しを聞いた旦那の反応は、実に興味深かったわ。娘の容姿端麗を認められて嬉しいくせに、怒る、怒る。直接、娘に怒るんじゃなくて、私によ。ひどくない。 「スキがあるからだ。」「君のしつけが悪い。」「そんな世界には、行かせない。断固、反対する。」「学校に抗議する。」 旦那が反対する前から、娘は芸能界に行く気なんかミジンコの目ほどないから、おかしかったわ。密かに、欅坂だったか、推しの写真集とかグッズをアマゾンで購入していること、私は知ってるんだから。  あら、ごめんなさい。話しはそれたわ。戻すわね。    広島焼き屋のオヤジさんだけに、熱い眼差しは無理ないけど、娘を見て、「すずか」って、叫んだらしいの。  恋愛偏差値が低い娘にもわかるくらい、切なさと愛しさにあふれていたんだって。  そう、涼夏(すずか)は、私の名前。娘の話しを聞いて、私の胸はドキドキし始めた。再来年、四十路を迎えるのに、笑わないでね。ある予感が浮かんだの。  娘も気になって、その広島焼き屋で買ったんだけど、そのオヤジ、目がウルウルして、震える手で、広島焼きを渡してくれたんだって。「つくりすぎて、固くなった。」と、ハーフサイズを一枚おまけしてくれた。店の奥から、宝物のように持ち出してきたのに、可笑しな話しだと、娘はケラケラと笑っていた。  よく見たら昭和の濃いイケメンのオヤジは、聞きたいことが山ほどありそうな顔してたけど、そこはグッと歯を食い縛ったとか。 「あのオヤジ、ママの知り合い。」 「さあ、わかんないわ。」 娘がオマケにもらった広島焼きを、私は、焦らずに受け取った。一口食べて、私は予感が確信に変わった。 「美味しい。あの味よ。」 広島焼き、お好み焼きの中には焼きうどんが入っていたからだ。私は、泣きそうになった。娘がいなかったら、絶対に泣いてる。 「あれ、ママの広島焼き、焼きそばじゃない。うどんだ。初めて見た。」 私の様子がおかしいと思った娘は、さぐりを入れてくる。こういうところは、鋭い。 「ママも初めてよ。新しい味と食感に感動しちゃった。オマケ、ラッキーよ。」 「ふーん、そうなの。」 ありがたい。娘はそれ以上探ることなく、自分の広島焼きに立ち向かう。勇ましい。  私は、娘に嘘をついた罪悪感より、確信に変わった予感に動揺しながら、秘密の味、焼きうどんの広島焼きを食べた。  食べ終わった頃に、また、どこかの企業提供の花火が打ち上げられたから、娘は広島焼き屋のオヤジの話しは忘れていた。  私は、先程の焼きうどんの広島焼きが忘れられなかった。  いや、20年間、心の奥にしまっていた思い出の食べもの。早く確かめたい気持ちと、確かめない方が良いと思う気持ちが、激しく闘う。結婚して旦那と娘がいる身で、悩むこと自体、不謹慎だ。昼ドラか。 遠くから見るだけなら良いと自分に妥協した私は、娘に聞いた広島焼き屋を探した。  自分でもわかるくらい、足が速い。砂利道だから、余計に呼吸が激しい。  やっと、着いた。見つけた。 「嘘でしょ。これは、真夏の夢。」  私は、我が眼を疑った。その広島焼き屋にいたのは、20年前と変わらない姿の元カレだった。  もっと近くで確かめたい私は、ふらふらと引き寄せられるように、その若い男の前に立ってしまっていた。 「いらっしゃい。ご注文は。」 「焼きうどんの広島焼き。」 私は、とっさに注文してしまった。 「・・・」  その若い男は、ジッと私の顔を見つめる。 「あれ、私、何か変なこと言った。」 恥ずかしくなった私は、必死にとりつくる。背中に汗が流れ落ちる。 「いやね、ウチの親父が、ごくたまに、焼きうどんの方を注文するお客さんがいるからって、一つだけ作り置きするんですよ。」 「じゃ、あるの。」 「それが、ないんだよね。今日、つくり置きの半分を親父がめっちゃ綺麗な若い女の子にオマケしたんだって。親子ほど歳の離れてるのに、馬鹿だ。まあ、いっつも売れ残るから、別に良いけどね。」 「しつこくて、ごめんなさい。半分は、いずこへ。」 「トイレ休憩から俺が戻ったから、交代だと、親父は残りの半分を持って、どこかへ飛んで行ってしまった。仕事の鬼で、交代だなんて初めてだ。いや、あんな、嬉しそうな親父の顔、初めて見たな。」 私は、確信した。目の前の若い男は、私の元カレの息子だ。私が見間違うほど、似てるのも当然だ。 「ごめんなさい。長話しちゃって。普通の広島焼きを..ダブルで、一つくださいな。」 「了解です。」 若い男は、私に渡してくれた。何か言いたそうだけど、我慢している。親子だね。 「秋良(あきら)さんに、よろしくお伝えください。焼きうどんの広島焼き、娘にオマケしてくれてありがとうございました。私が、美味しくいただきましたと。」 私も聞きたいことが山ほどあったけど、それだけ伝えて、娘の元に引き返した。  私は知らなかった。私と息子のやりとりを、秋良が少し離れたところからジッと見つめていたことを。  彼もまた、20年前の思い出にひたりながら、密かに涙を流していたことを。 「ママ、遅かったわね。迷子になったの。」 「違うわよ。おトイレが混んでいたから。」 「ふーん、怪しいわね。じや、聞くけど、その左手に持っているのは、何よ。」 「ババへのお土産よ。さっき食べたら、美味しかったでしょ。パパにも食べさせてあげたいし、私も普通の広島焼き、一緒に食べたいからね。」 「まあ、お熱いことで。」 その話しは、それで終わったの。  ラストを飾る鬼ヶ城大仕掛け花火が盛大に夏の夜空を、熊野灘を彩り、無事終わった。  正直言うと、私の頭は完全に20年前にタイムスリップしていたのよね。  秋良との出会いから、恋人として過ごしたあの楽しい思い出、そして悲しい別れ。  セピア色の思い出が、花火のように色鮮やかに蘇る。燃え上がる。  そして、静かに・・・。  今年は、鬼ヶ城の周辺の山火事はおこらなかっみたい。安心したわ。  娘と帰る時、一瞬、秋良の顔を見たいと思ったけど、私は静かに打ち消した。  別れた恋人同士が、それぞれ子どもを連れて、再会する。夜ドラか。  終わった恋は、所詮、過去。  過去は変えことは、できないわ。  思い出は、そっと心の奥底に、大切にしまっておくのが一番よ。  私は、改めて、花の岩屋の神様に誓った。  その夜、何も知らない旦那は、「美味い、美味い。」と、缶ビール片手に、ダブルサイズの広島焼きを一人で平らげたのは、予想通りてした。        
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