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白い耳朶にポツリと落とされた、黒い点。
油性マジックでつけられた印をそっと撫で、呟いた声は聞かせるつもりのないものだった。
「──刑法204条」
ふと吐息を漏らすように笑い、白い耳朶の持ち主が訊ねる。
「何の罪なんですか」
柔らかな声が敬語なのは、彼がひとつ年下の後輩だからだ。
「傷害罪」
第204条──人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
手元のピアッサーを軽く持ち上げれば、なるほど、と神妙に頷いた。
「医療行為も、同意があって初めて、刑法35条の正当行為と認められる」
さすが法学部、と彼は笑った。
「提案したのはアンタですけど。オレは自分の意思で同意しました」
何なら一筆、書きましょうか──耳朶に印をつけた油性ペンが、白い指でくるりと器用に回される。
紙と時間の無駄なので、ピアッサーを洗面台に置き、青い蓋の消毒液を手に取った。
「オレはねえ、アンタが望むなら、何だってしてあげたいと思っていますよ」
だって、恋人でしょう──砂糖菓子のように甘ったるい声で、蕩けるような笑みを浮かべた彼が言う。
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